来々軒
創業昭和29年 日田にこんな店があったなんて、、、
日田市三本松1-13-24
2010年2月13日
いろんな場面で書いているのでご存じの方も多いと思うけど、私は日田という街に3年間住み10年以上通った。第二の故郷と云っても過言ではないくらいの街なのだ。
もちろん日田時代、何杯ものラーメンを食べている。
そして出した結論は「日田のラーメンはまずい!」だったのである。
日田にラーメン文化は無いのか!とも思っていたのである。
日田の人たちには大変失礼な事だが、実際そういうラーメンばっかりだったのである。
もちろん全てのラーメン店を制覇したわけではない。食べた範囲での結論。
しかぁ〜し ここで私は日田市民に謝らなければなるまい。
頭を深々と下げ「申し訳ありませんでした」と小声で陳謝しなければならない。
どこかの議員のように「知らなかったんだもん」などと云う気は毛頭無い。
ましてや、、、いや、もうやめておこう。
ただただ素直に
済まなかった!
私がバカだった.....m(_ _)m 馬鹿な私だった。
そして愚かだった。
何にも知らない私は、スープをズズッとすする。
な、、、なんなのだこれは?
日田ラーメンがどのようにして始まったのか知る由もない。
が、21世紀の現代、便利なものがあるではないかと、、、ネットでこの「来々軒」を調べてみると、意外な事に白濁スープの元祖と云われる久留米の屋台「三九」に行き着いたのである。
そういえば
「(初代)三九」
の店主である
杉野勝美
氏は、昭和25年屋台を
四ヶ所
氏に譲り渡し北九州は小倉で
「来々軒」
という屋台を始められている。来々軒なのである。
杉野氏の屋台
「(初代)三九」
は親類関係でやられていたらしく、その中の一人がここ
「来々軒」
の初代店主だというのである。ネット上の情報をどこまで信頼していいのか疑問は残るが、まぁそう遠くない情報だと思いたい。
で、杉野氏の弟さんはそのまま
二代目「三九」
で数年間修行され、昭和30年佐賀の地で
「三九軒」
として開業されるが平成13年に閉店してしまう。
久留米の
二代目「三九」
(四ヶ所氏)も少し遅れた昭和31年、佐賀へ移転開業する。
そろいもそろって佐賀ということは、もしかして佐賀出身だったのでしょうか?
しかしこの
三九
から「一休軒」が生まれ、一休軒から「いちげん」へと引き継がれていく。
※「一休軒」の一休というのは「三九」をもじったものではないかと推測する。
老舗だからとか三九の流れだからだとかの話ではなく、久々に出会った久留米系の味。
人々はたぶんこれを「あっさり系」だとするだろうが、これこそが「真のコク」というもので、久留米ラーメンの真骨頂なのであります。クリーミーでまろやか。
しかし、日田にこういう店があることを20数年前から誰も教えてくれなかったのは何故?
ラーメンより焼きそばが好きなんだろうか。
昭和29年創業と外壁に書いてある。
三九の弟さんが佐賀で「三九軒」を開店する昭和30年より少し前ということだ。
暖簾をくぐると焼きそばソースの匂いが迎えてくれた。
そうか、、、ここも
日田焼きそば
に迎合しているのか、、、。
左手が奥に向かってカウンター7席。
カウンターと並行して厨房。
センターの通路をはさんで右手に小あがりで4人掛けの飯台が3つ。
それに入ってすぐ右手に8人座れるテーブル。
店内は「木」を基調とした落ち着いた雰囲気。
ここにもあったか久留米、、、と思うと何だかとっても幸せな気分。
そんな幸福感に包まれて啜る麺とスープの味は昭和そのものです。
いやぁ〜ほんとうまかった。
次は雲呑麺800円を食べてみるかな、、、。
ラーメン|550円
セットメニューもあるでよ。
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ごちそうさま