大輪ラーメン

玉名ラーメン


熊本県玉名市中1177-4(木曜定休)

2006.9月
玉名と云えば久留米ラーメンが最初に飛び火した土地である。
それは久留米の「三九」(※最初の白濁スープを偶然にも生み出した杉野さんの屋台)という 今では伝説にさえなった幻の屋台。久留米「三九」杉野氏から権利譲渡を受けた四ケ所氏が昭和26年(1951)玉名駅前に「三九」の支店を出すことから始まります。
察するに・・・たぶん玉名から頻繁に久留米に商用で来ていた誰かが玉名に戻り「久留米にゃこげなうまかもんがあるばい!」と地元の食堂あたりの店主に教え、ならば・・・と久留米「三九」へ教えを請いにやって来た・・・それが四ヶ所氏だったのではないでしょうか?。

【大量の豚骨を大釜で煮沸するだけ&塩と醤油とグルソウ】
・・・別に大したことをやってなかった店主杉野氏は何のためらいもなく「来る者拒まず」的にどんどん教えてあげたのだろう。白濁豚骨スープは瞬く間に各地へ広がっていったものと思われる。
そしてその玉名「三九」の味に惚れ込んだ人達が熊本で始めたのが熊本ラーメンの始まりで、「松葉軒」「桂花」「こむらさき」「味千」「こだいこ」等の店が生まれていくのであります。
と、前置きはこのくらいにしてっと・・・(天琴と同じ切り口じゃぁないか(^^;))
がしかしこの大輪も天琴からの独立で開店した店だったのです。(やっぱこの業界狭いです)てぇことは元を辿れば「三九」に行き着くわけです。当時久留米のほとんどのラーメン屋台が三九から影響を受けていることを考えると・・・・三九恐るべし・・・。元祖久留米ラーメンです。

で、この大輪ですが・・・
天琴を出てガックリと肩を落とし玉名ラーメンに落胆した私は次なるラーメンを探し始めるのであります。最近玉名づいている「J」君に電話を入れ「今天琴食ったけど2軒目はどこがいい?」すると・・・自分は行ったことがないけど大輪という店がうまいって某ミュージシャンの言葉・・・らしい。場所を聞くと天琴からすぐだ。ってことで大輪に決定したわけであります。


全体的には「久留米屋」や「潘陽軒」に通ずるものがある。こちらも天琴に違わずスープの上に脂がかなり多めに浮いている。だがこちらの脂は黄色がかっているので鶏脂なのかもしれない。チャーシューも多め大きめ。キクラゲも入る。麺はほとんど同じ中細のストレート麺。

食った後「グルソウ」感がノドにへばりつく嫌な感覚がずっと残る。お金を払うとき厨房の中を見たら、タイミング良くグルソウを多量に入れている最中だった・・・(^^;) そりゃあんた入れすぎっちゅうもんでしょ? どうりで久留米に帰ってもノド乾きっぱなし。

こちらも「グルソウ」の使い方は昔の久留米ラーメンを正しく受け継いでいると思います。
ラーメン530円(高いっちゅうの!)