沖縄の旅|2009.4.28〜30
3日目(4月30日)
最終日の本日は南へ予定。
またまた早朝からおいちゃん達は起き出すのでありました。
この日も朝飯は《A&W》牧港店。
食ってすぐに首里城へ移動。
なんとカミさん25年ぶり。当時はこんな立派な建物は無かったらしい。
てことでひとりで城内見物。俺らは出口で待機(^^;)
写真はiPhoneのToyCameraで。決して夜ではございませぬ。
お決まりのショット(^^;) 
でもって向かうは、これまたお決まりの《平和記念公園》巡礼路。
ここは前回(08.12)歴史資料館が休館日だったんで必須項目。

しかし何だな。
この手の「資料館」ってどういう歴史認識と国家観を持って造ってるんだろうか? どう見ても自虐的だし「悪」の根源は「日本帝国」にあるようにしか表現されていないのだ。当時、沖縄の人達と本土の人達が持つ「士気」に違いはないと思うし、未来の日本人がどうのこうの理由付けする問題ではないはずなのに、「繰り返しません過ちは....」とばかりに、過去の人達の想いは無視して、未来の俺らに反省ばかりさせるようなアプローチの仕方には「?」が残る。

《大東亜共栄圏》が大日本帝国の目的で悪の根源だというのであれば、歴史的に欧米の《植民地化政策》こそしっかり日本の子供達に伝えていくべきではなかろうか? どっちが悪かったではなく《どうして戦争が起こったのか?》を後世に残し伝えていくべきだと思う。
歴史資料館の展望台から・・・
昼飯は前回と同じく、平和記念公園から車で5分の、真壁の集落にある《茶処真壁ちな〜》だ。この集落はいつ来ても時が止まったような錯覚に陥る。たぶん戦前の佇まいもかなり残っているのではなかろうか。
《ちな〜》の家屋も戦争の弾痕が残るものの、当時の面影をそのまま残している。明治24年建築という典型的な沖縄の古民家を改装したものだ。そこにいるだけで自然と落ち着くし心が優しくなっていくのが分かる。

遠く向こうに見えるのが真壁の集落。
皿そば(中)880円|九州でいう「皿うどん」と麺が違うだけ。
昼食後《ひめゆりの塔》で献花をすませ、国際通りを目指す。
約20km1時間。
二階にある食堂たち。
昼間っからおっちゃん達がチビリチビリとやってたり、観光客が飯食ってたり、下の市場のにぃちゃんたちが遊びに来たりで、とても活気のあるところ。

公設市場からの帰り際、、、
駐車場が分からなくなるアクシデントがあったものの、どうにか飛行機の時間には間に合い、予定通り21時に福岡に到着しました。

最後に、、、
沖縄へ行くとどうしても大東亜戦争という歴史から目をそらすことは出来ない。
だからと云って、沖縄だけを特別扱いにする気は毛頭ないが、歴史を鑑みる時、どうしても贔屓的思考回路になってしまうのも仕方ない事。島津から攻め入られてからこちら、不遇な歴史を歩いてきたようにしか見えないのは私だけでしょうか? 沖縄は日本なのでしょうか?