私の入院初体験記
そもそも・・・
入院前の事
おかしいぞ
診察-1(田中外科胃腸科)
再診察(聖マリアにて)
入院初期(2/16〜19)
入院中の事

そして退院

まとめ
21日の内視鏡検査の後(昼飯)から「食事」を摂れるようになった。以前「病院食はまずいよ〜!」って聞いていたのだが、5日間も何も食ってないので何でも来い!だ。
病院食をずらっと並べてみる。
記念すべき21日昼食
太刀魚の塩焼き・ほうれん草・全粥
21日夕食
チキンバーグ・イモサラダ・全粥
22日朝食
大根と人参の煮物・納豆・ひじきのふりかけ
この朝からごはんになる
22日昼食
チキントマト煮風・キュウリとワカメの酢の物
22日夕食
人参/こんにゃく/ほうれん草等和え物・野菜サラダ
23日朝食(退院日の朝)
キュウリ/菜の花/人参酢の物
21日夜許可をもらい外出から戻ると病室の前で話し込む「辛島・佐藤」両先生とばったり出くわす。
「ちょうど丸山さんの事話していました」
「えっ?何の事です?」
「退院をいつにするか話してたんですよ。23日か24日どっちがいいですか?」
「どっちがいいって、俺が決めていいの? そりゃ早いほうがいいですよ」
「それじゃぁ23日に決定!」
とまぁ何ともあっさり退院の日が決まったのであります。こんなんでいいのかい?
退院すると決まったら「心そこにあらず」で、ベッドの上が退屈で仕方ない。この日も昼食のあと「外出許可」をもらい外に出る。タバコを吸ってみるがまだきつい。体が拒否するのね。

この日の夜「あっくん食道」常連さんの「H」さんが熊本に転勤になるためお別れ会が敢行されるも出席出来ず。何とも悔しい思いだがこればかりはこっちの都合に合わせる訳にもいかず致し方ない。こういう事なら昨夜の外出許可をやめておくべきだった。
23日(退院当日)
当たり前のことだが、入院が初めてと云う事は退院も初めてという事であり、退院の仕方がよく分からない。23日が退院とだけ決まっているが何時病室を出て行くのかというタイミングが分からない。看護師さんが来てくれて「お疲れ様でした」などと声をかけてくれるのかも知れないし、お世話になった看護師さん達と正対して「大変お世話になりました。ありがとうございました!」と仰々しく挨拶をするものなのか? ますますわからん。

そう言えば昨夜もらった請求書があったのだ。まずは支払いをするべきだろうということになり事務局へ行き精算を済ませることにする。支払い後「領収証と精算確認書」みたいなものをもらいそれを我が病棟のナースセンターへ提出すると「退院成立」となるらしい。なんだあっけないのね・・・。精算が済めばいつでも出て行っていいのよ!ということだ。
結局看護師の方々全員に「ありがとうございました」と挨拶することもなく、数人の看護師に廊下ですれ違いざまお礼の声をかけるだけであった。時間帯的に看護師がバタバタ忙しかったのもあるだろう。今度退院するときは一段落した11時過ぎあたりを狙ってやろう。

というわけで入院するときも突然だったし退院もあっけなく終了してしまい、思い返せばホントは初めから何事もなかったのでは?と錯覚するような8日間でありました。
触診だけで膵炎を見破った「辛島先生」部屋へ触診に来ていただき「大丈夫」と声をかけていただいた女医の「佐藤先生」はじめ、仕事とはいえ夜中まで面倒見てくれた看護師の優しい対応、実は邦楽つながりがあった婦長さん、毎日部屋を掃除していただいた係の人、CTやMRIをやってくれた先生、怒り爆発で文句を言ってしまった内視鏡の先生、全ての人に感謝申し上げます。ありがとうございました。
もう二度と入院なんかしたくもありませんが、これから老いていくばかりの身、いつ何時またお世話になるかわかりません。まぁこの体験を教訓に用心しつつ生きてはいきますが、またお会いしたときには優しく診てやってください。
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2006.2.16〜23|NEXT