の中 の中

2月へ2008年3月4月へ
《だにばば》17日
《受験》12日
《Skype》28日

3月28日《Skype》
Skypeという無料アプリケーションがある。
インターネット回線を使って電話するソフトだ。
容姿に自信があればTV電話もいける。
それでネット回線なので通話にかかる費用は一切ナシだ。

一般の電話にも繋がるみたいだがこれはさすがに有料でプリペイドカードかクレジットカードでの登録が必要になるらしい。ちなみに携帯電話へもOKなのだ。いやぁ便利なもんだ。
もう2年前くらいからインストールしていたものの、Skypeで喋る相手もいないしほとんど使うことは無かった。

が今回、どうしても連絡を取る必要があり久々にSkypeを起動する。
というのも相手はブラジル旅行中で、ケイタイもメールアドレスも分からないときていて、もしかしたらSkypeなら・・・!ということで検索したらピッタシカンカン!ドンピシャで探し当てたのだ。
それから数回のチャット(メール代わり)と通話をやったが、音声が遅れることもなく音質も会話にはまったく申し分なく快適であった。

そういや、もう6〜7年前になるか、ビデオカメラとマイクを用意して「モンキーコム」なる通信ソフトでテレビ電話遊びをやっていたが、あれから比べるとすっかり進化して十分通常使用に耐えうる物になっている。
ネットの進化を痛感!

しかしだ!
数時間Skypeを起動していたら、エッチなサイトへの勧誘というか宣伝チャットが一方的に繋がって来てたのね。どの世界にも蔓延するエロの世界。たくましいなぁ・・・。でもこういうの子供達が見たりする事を考えるとどうなんじゃろ?良いことか?

3月17日《だにばば》
何もダニー馬場と書きたくないからと略したわけではありません(^^;)
ちゃんとオフィシャル物でそういうTシャツ(ちょっと色っぽいです)があったんです。と確認したらちゃんと「だにー」と書いてありました。すみません。

ってことで、半年がかりで練ってきた「ダニー馬場音楽芸能生活15th記念コンサート」が昨夜無事終了しました。当初の予定では地元ゴスペルグループとのジョイントで2007年末に予定していたのだが、ちょっとした作戦ミスにより15th記念コンサートとなったのであります。半年以上前から打合せを行い、記念CDの制作からポスター&チラシ・チケットの制作や当日配布のパンフレットと何から何まで関わって、「俺って何屋かいな?」と途中自分を見失う時期もありましたが、CDも予定の期日に送られて来ましたし、とにかく無事終わってよかったっす。
ファンキースタッフのみんな、QAREN、田部さん牧田さん、そしてVTRのATCのみなさん、照明チームMAKE、会館担当の方々、そしてなにより前日からお手伝いをしてくれてたボランティアの方々、本当にお疲れ様でした。終わってしみじみ「毎年恒例イベント」にしなけりゃと・・・。

で、会場の八女市町村会館に関して云えば、老朽化(1972年落成)に伴い今秋解体が決まっているということで、2年半後には新しいホールに生まれ変わるらしいので、もしかしたらこの手のライブで使うのは最後なのかもしれません。でもどこかの街のよに「さよなら市町村会館」なんてコンサートがあるかもね。

コンサートの模様は後日アップ予定。


前日の15日が仕込みとリハーサルでしたが、終わってファンキースタッフのドラマーN川氏イチ押しの筑後市にあるラーメン屋さんへ。
そこはなんと「丸福」グループのチェーン店。
大丈夫?と思いつつも、彼曰く「九州一です!」などと熱烈に推薦するもんだから・・・。とにかくヤワ麺でいってみる。見るからにラードがドバッと的だが食感はそこまでしつこくない。ニンニクチップがどうかと思ったがこれも全く気にならない。麺が黄色でなかなかツルリンでよろしい。固麺でいってたピアノのN戸氏は後悔していたな(^_^)v
しかし全体的に良くできたラーメンでした。脂の量を注文できるのなら云うこと無し!!! 500円ナリ。

3月12日《受験》
一番下の娘の公立高校受験の日です。朝から学校まで送っていく。彼女は全く勉強しなかった3年間だったように思うが大丈夫なんだろうか? まぁ勉強だけが人生ではないが、勉強したり努力したりする下地を作るのも今の時期だからなぁ。キチンと前向きに生きていける人にはなってもらいたいと思います。さぁ今日明日で結果は出ますがどう転ぶか?


先日TVで大騒ぎしてた「3月10日は東京大空襲63回目の日」だったらしく特別番組をやっていた。で、調べてみると1944年11月14日以降106回あった東京空襲の中でも一番被害が大きかった空襲らしい。1945年3月10日日付が変わると同時に始まったこの無差別じゅうたん爆撃(国際法違反)はそのためだけに開発された爆弾を使い東京の下町(木造家屋が多い)を焼き尽くし、死者・行方不明者・負傷者およそ15万人以上にのぼった。もちろん黒こげの死体(photo;石川光陽)は身元など確認できる状態ではない。ちなみにアメリカ軍はこの作戦を実行するにあたり大規模な実験を行っている。日本家屋を模した家を並べて燃やし、どのように燃え広がるか徹底的に調べ上げている。

日本主要都市への空襲といい、広島・長崎への原爆投下といい、これはアメリカの明らかな人種差別意識の元に行われた虐殺であると思う。白人に二度と刃向かうことのないようにとの「強い意志とアジア人を人と見なさない」という当時の時代背景がうかがえる(今も変わっちゃいないが)。しかしアメリカのこの行為は確実に戦争犯罪なのだが、戦後行われた「東京裁判」では悪者は日本人だけだということになっている。敗者の論理が無視されることが戦争の定めだとしても、敗者がいつまでもそれを信じ続けなければならないという決まりは無い。にもかかわらずいつまでたっても日本人はそこから抜け出せないでいるんだ。

先の911同時多発テロから始まったアメリカのゴリ押しに近いアフガン侵攻からの一連の動きと声明を見ると、大東亜戦争に突入せざるをえなかった当時の大日本帝国に対するアメリカの無理難題吹っかけまくりの図式と同じじゃないか!と腹が立ってくるんである。そんな国にいつまでもついて行かざるを得ない日本という国はこれからいったいどうなるんでしょ?

3月4日《情報》
前のブログに対し日田の方からありがたい情報をいただいた。

想夫恋の焼きそばが735円と驚いていたら、なんと数ヶ月前に値上げがあったらしく「ノーマル焼きそば」が840円で「大盛り」はなんと1050円になっているという。
じゃ大盛りに玉子入れたら?なんて考えてたら・・・これはもう私には常識外の設定であり、たぶん死ぬまで想夫恋の焼きそばは食べることが出来ないであろう。おまけにここ最近市内の飲食店の焼きそばが50円値上げしたらしいので、追従して再値上げの可能性もあるとのご指摘。

こうなるともう「あなたの好きにして!」という感じで、『どうせ私は焼きそば無しでも生きていけますから、どうかあなたはあなたの好きなように自分の道を進んでください・・・かしこ』ってなもんで、ほんとは好意をよせていた男子が女を追いかけて都会へ旅立ってしまい、やけっぱちになった田舎娘というような気分だ。

しかし日田の人達はじめ近くに想夫恋がある方々で、いったいどれくらいの人が食べているのでしょうか? 久留米や近郊にも数店舗あるにはあるが、繁盛しているようには見えないもんなぁ。たくさんお客さんが入っているところあまり見かけない。薄利多売でなく薄売多利ということなのでしょうか?もう少し値段を下げたら結果的に売り上げも上がると思うのですけどね。

まぁ、所詮わたしには全く関係の無い話であるわけですが、全国の想夫恋焼きそばファンに成り代わり小言を書き連ねてみました。

日田の「kan-taxi」様、貴重な情報ありがとうございました。

3月3日《お雛様》
気がつけば3月。
べつにサボっていたわけではないが、時の過ぎるのが早すぎるだけ。季節は確実に春に向かっているということを、目の痒みや鼻水・・(巷では《花粉症》などと云っているが・・・)で感じるという体になってもう30年過ぎようとしている。昔は花粉症なんて言葉は無かったような気がする。今年は煙草をやめたので体質が変わり、もしかしたら症状が出ないかも・・・と淡い期待があったがやはり無理でした。大量のティッシュを使ってます。そうそう今年は《目薬》を仕入れまして通年とは違うアプローチで攻めてみてます。目薬作戦大成功!昨年と比べても随分楽です。



話は変わって・・・
ここ最近特に思うのが、久留米の食物価の安さだ。
ちなみにまずこの写真を見てもらおう。《これこれこれ
人吉のとある中華風食堂のメニューなのですが、まぁラーメンの500円は良しとしましょう。(どうみても300円台のものですがぁ・・・)問題なのはこの餃子の500円という設定。ちょっと大きめのサイズではありますが、一個70円の内容ではありません。味は最低です。
それにうどんや定食ものの設定。すごいです。●尾食堂的です。
それに比べこの値段!!どうだ!参ったか!


第二の故郷である《日田市》も食物価は高いです。
カツ丼が800円くらいからです。久留米の平均はたぶん450〜550円ではないでしょうか? そしてそして・・・かの《想夫恋焼きそば》も発祥の地は日田です。これまた異常な価格です。焼きそば一杯735円!大盛りだと945円! たかが焼きそば一杯にこの金額を出す気になれず、もう長いこと食っていません。そもそも焼きそばなんてのはBBQの〆で、酔ったお世話好きが勢いに任せて乱暴に作るもんで、それでもなかなかのうまさだったりするわけでして、ななひゃくえんも出して食うもんじゃありません。所詮おやつですから。そういや昔は、たこ焼き屋さんで食べるものでした。おやつなんです。子供達がお小遣いで食えるのがおやつなんです。今の半額が理想です。そうは云え想夫恋という会社がフランチャイズを増やし続けている事を考えると、人々は望んでいるんでしょう。700円だろうが1000円だろうがそんなことは問題ではなく、ただただ想夫恋の焼きそばが食いたい!という意思表示なのでしょうか? そういや久留米にある数店舗も健在です。分からんもんです。

まぁ、他所に比べ久留米は住みやすいってことで(^^;)



タイトルの《お雛様》はなんだったんだ?
そうそう、こないだ何年ぶりか「梅林寺」へ梅を観賞に行ってきた。梅林寺へはライブの前後で勘太郎氏を送って行く(高校時代の友人がいるらしい)くらいで、ホント中に入り梅を観賞するなんていつ以来なんだ? 確かさくらがまだちびっ子だったたような記憶が・・・。15年以上か?
季節柄だろうが思ったより人出は多かったし、屋台なんかも出ててそれなりの雰囲気を醸し出していた。

その足で篠山城へ。これまた何年ぶりなのか?
天守閣の無い城だったらしく石垣に囲まれた部分で2000坪くらいなもので、戦を前提に作られた城では無かったということなのでしょうか? ブリジストンの発展と共に「篠山神社社務所」や「有馬記念館」などへ多額の寄付が行われたらしくいたるところに石橋正二郎氏の名前を見ることが出来る。そして石垣の上から東側を見下ろすところに「久留米大学医学部と医学部病院」があるのだが、これもまた土地や建物を寄付したのは石橋正二郎氏なのである。1953年頃の工場周辺と神社あたりはこんなかんじ。工場と社宅という写真ですが、戦後7〜8年でこの状態はすごいです。やはり久留米の戦後はBSと共に歩んできたわけですね。

てことで、お雛様とはまったく関係ない話になりましたが、また次回。