12月31日
今年も後2時間で終わります。今年はどんな年だったのでしょう。膵炎による人生初の入院を体験しました。それからお酒とラーメンの量が減るのかと思えば、人間とは何と意志の弱い生き物なのかという事がはっきりしました。年末にかけてまたおかしくなってきております。来年はダイエットとストレッチそれに筋力トレーニングを真面目に取り組みたいと思います。

さてさて昨日は友人Oからの突然の誘いでパシフィックオーシャンCC(元長崎空港CC)へ行ってきました。ほとんど長崎市内に行くような距離と時間がかかりました。行きは諫早経由で2時間ちょい。帰りはハウステンボス回りで2時間半。どっちにしても遠かったです。島に無理矢理作ったらしくコースレイアウト的にとても狭い短いところでした。これが今年のうち納めですが、この後練習場へ行き本当の「うち納め」と「初打ち」をやってきます。これもここ数年の恒例になっていていつも友人の誰かと一緒です。昨年は仕事で中止でしたが、今年は仕事が流れてしまったので、S君と11時45分から打ち始める予定です。

最近読んだ本です。
来年はこのへんの部分も、皆様方と一緒に考えていきたいと思ったりしています。まだ未読の方は是非買って読んでみてください。
真面目に選挙に行かねば・・・と思わされる一冊です。

それではみなさま、本年同様 来年もよろしくお願いします。
良いお年を!!!
12月29日
やはりツケはまわってきました・・・。というのも短時間でラーメン2杯が祟ったようです。昨日は2006年最後の現場で福岡は警固にある「手の間」というスペースへ。14時半入りだったので昼飯は「しばらく福重店」です。24日に西新本店で食った後ネットで調べていたら「福重店のほうがうまい!」という意見が多かったんで次の機会を狙っていたのであります。
ラーメン(450円)
こんなかんじ

やっぱ他人の「味覚」は信用するな!ってことでしょうな。西新しばらく本店と何の違いも見つけられませんでした。普通支店ごとに微妙に味は変わるものなのですが、ここに限ってはほとんど一緒です。やはりあの「おやじ」がいなくなってからは無理な注文なのでしょうね。無性に昔のしばらくが食いたいと思うのであります。

リハーサル中
記念撮影


リハーサルも無事終わりまして、まさじさんから「やっぱ博多来たらラーメンでしょ?」とラーメン体勢ブンブン状態です。まぁ毎回ラーメンでもGoodな俺はもちろん二つ返事でOK!みんなも臨戦態勢に入りつつあるのが感じられる。手の間の方々からは「秀ちゃん」かなぁ・・・なんて意見も出ていましたが、個人的に久しぶりの「鈴木商店」に決めてしまう。たぶん3回目の来店だと思う。
「博多そば」※醤油とんこつと 「中華そば」※醤油 5人で行って3対2。
麺は高加水率の太いプリプリ麺。チャーシューは柔らかめで良くできている。
開店間もなく食った頃とディティールは変わらないものの、微妙なニュアンスはまったく別物に感じる。スープの作り方が乱雑に感じてしまう。真意の程は定かでない。

博多そば(600円)
中華そば(600円)

さて本番が終わりお決まりの打ち上げというやつです。今回は忘年会的要素もあり盛り上がること必至。ただ私の体は既に「ツケ」が回ってきていました。下腹部左側に痛み出現!こりゃ飲めんでしょうなぁ・・・けど西新にある「パニパニ」という沖縄料理屋さんへタクシーで移動。久しぶりの西新商店街はすっかり変わっていて、一本筋を入ると若者の店が増えていました。久留米の文化街よりも盛況です。やはり大学が地元にあると云うのはそれだけで賑わいの要因になるということでしょうか?人がそこに住むということが、活性化につながるのだと確信したのであります。久留米中心商店街も人が住むことが一番の活性化につながると思います。
泡盛
ソーキそば

本来「朝まで飲むぞ!」計画だったのですが、飲めない私&ちょっと飲んだsablow君は26時過ぎに久留米に戻ったのであります。
12月27日
モーガンズバーライブも無事終了しました25日。そして26日には新規開店準備中だった「やきとり佐藤商店」の開店。と連夜の飲み事が続きましたが何故か元気です。そのうちツケが回ってくるのでしょうか?ちょいとコワい気もしま(^^;)
本番前「ばった屋」にて一杯
本番中!
本番終了!着替え中
打ち上げ「七面鳥」丸焼き
翌日の昼前お決まりのラーメン。今回は「梁山泊」
そして「エイトモダン」にてお茶。モダンジュースにご満悦!
梁山泊は来月(2007年1月中旬)移転するそうです。場所は現在の「要屋」がある場所。要屋さんは年内で閉店とのことらしいですね。
お茶の後熊本へ移動するメンバーを見送り、佐藤商店(準備中)へ顔を出す。
カウンター席
そのすぐ後のテーブル席と隠れ2階
そして「竹の部屋」テーブル4つ(20人は楽に座れる)
作業終了後2階の隠れ部屋に居座り閉店まで居座る。その後近くの店で軽く一杯、それからOSMちゃん屋台へ。何時に帰ったのか記憶にない(^^;)
12月25日
DonnyBaba氏2連チャン。
23日はソロで鳥栖YoumeTown そして24日はファンキースタッフと百道のHowksTown。ソロのパフォーマンス度がかなり高くなってきたと思う。ここ最近感じることだ。ライブの後のCDの売れ方でよく分かる。やはり人前で唄う頻度とその歌に対する感情なり想いというヤツは比例しているらしい。人(客)に対する優しさは「生き方」や「哲学」がそのまま表れたモノだからね。いい方向に向かっていることには違いない。鳥栖も百道も無料のイベントだったが、それなりに人が集まって来たし何より真剣に聴き入っていた。

で、リハーサルが終わり時間があったので久しぶりの「西新
しばらく本店」へ出向く。いつ以来か記憶が無い。昼時を外れていたにも関わらず日曜だからかお客さん多し。薄めのスープだったがそれなりにうまかった。もちろん「ヤワ麺」ね。おばさんから「どれくらい柔くしますか?」って聞かれたので「かなり柔め、え?ってくらい柔くしてください」・・・あんまりヤワ麺で頼む客はいないんだろうね。固麺の客には「それくらい硬くするか?」なんて確認してないもんなぁ。
おやじさんが作ってたモノとは全く違うが「しばらくテイスト」はしっかり残っていた。

で、ステージの裏にはどこかで見たマイクロバスが・・・。からつバーガーだ!
で、よく見ると「ピザハウスRIKI」に差し入れしてくれたおにぃちゃんではないか!久しぶりの再会!(まさかこんなところで会うなんて!)本番終って半年ぶりの「からつバーガー」にありつく。NIDOさまごちそうさまです!スペシャルバーガー400円也。そいで何と久留米にも支店が出来たみたいですね。210号線高良川んとこです。今度行ってみよう!
12月22日
おかげさまで 去る18日 長女の「さくら」が19回目の誕生日を迎えることが出来ました。
来年は成人です。子供の成長はほんとうに早いです。そのぶん私も歳を重ねております。
先日20数年ぶりに顔を出した焼き鳥屋さん「戦国」。
西鉄駅前、一番街の入口から裏手筋にあり あまり目立たない立地ですがこの地で22年。凄いことです。
ちなみにこの「戦国」は 明治通りの裏手で1977年オープンです。創業29年とはまた凄いことです。

一緒に行った友人の「S」は高校時代から通っていたらしく 店主とは親子の関係以上かも。この夜も「伊佐美」の一升瓶をプレゼントされたみたいで気分も良く、焼酎ガバガバ入りまくりで、気がつけば閉店時間? 時計を見るとまだ22時前。
「え?もう閉店?」と尋ねれば「今日はもうよかと!」とご覧のツーショット・・・。

ならば仕方がないと「又兵衛」へ向かったのであります。

又兵衛はいつものとおり「大盛況」。
ここは餃子だけでなく「一品料理」や「焼き鳥」などもあり、結構飲んで食べてと充実した時間が過ごせます。値段も手頃なのもウケてる原因でしょうか。それにおかぁちゃんの気さくな笑顔。何年ぶりだろうがちゃんと顔を覚えてくれています。
最近体調を壊していると聞いていた「店主」が閉店間際に顔を出されました。病名は知りませんがかなり痩せられていて、元気な時より幾分小さくなられたようなそんな気がします。
そいでも親子ツーショットではふたりともご覧の笑顔ですから心配無用でしょう。早く元気になられることをお祈りします。おかぁちゃんもいつもの「笑顔」でした。
Flying Elephants忘年会で田川へ。
伊田にある「あをぎり」という老舗料理屋で一次会。大正時代の建築物を利用した建物はそれだけで風格があり何故か恐くもあります。当初の持ち主は当時の市長だったらしく、梁ひとつ見てもとても素晴らしいものです。
ハリハリ鍋という「水菜と鯨肉」を使った鍋がメインでしたが、これでこの金額?というくらい良い値段・・・。
二次会は今回2回目となる伊田駅商店街のとある地下にある「窓の梅」という酒場。ここも戦後すぐに始められた店で、店主のおばぁちゃんは77歳。とてもそういう歳には見えません。若さをキープする秘訣はお客さん全てが自分の息子って感覚ではないでしょうか? 
ちなみに 帰り際 「ハグ」 されました(^^;)。
12月17日
11年間通った街、日田へ行くというのは自分にとって地元に帰るような感じだ。道中行きも帰りもほとんど渋滞無し。時々軽トラックのノロノロ運転に悩まされるくらいで快適なドライブなのだ。久留米→日田、嫌いな道ではないのである。

久しぶりの「PORALIS」日田公演。地元商店街主宰クリスマスディナーパーティのゲストである。会場は三隈川河畔にある日田温泉街の老舗「みくまホテル」 以前は「グランドホテル三隈」と云ってたところで、いつの間にか「小京都の宿」なんてサブタイトルまで付いていたのである(^_^)v 
「PORALIS」は久留米市のNPO演奏団体「CityWinds」の特別バージョンで14〜15名のプレイヤーとコンダクターで形成し 「冬のソナタ」や「カーペンターズ」をレパートリーとする。木管楽器(フルート・クラリネット・オーボエ)をメインにホルン・ユンフォニュウムの5名を中心にピアノ・キーボード・エレクトリックドラム・ベース・ソリストという編成。これにカーペンターズ用にトロンボーンが4名。なかなかの大所帯なのである。

リハーサルが終わればラーメン屋を探す。これは自然の摂理であると云っても過言ではない・・・なんちゃって(^_^)vではあるが、腹が減ってメシ屋を探すとき最初は「ラーメン系」次に「うどん系」あとは食堂系か・・・。間違っても洋食屋には入らないし中華という事もない。

数軒パスした後見つけたのが写真のラーメン屋さん。頭でっかちの看板だが目立つことめだつこと!中が見えないので躊躇したがこの先にそれらしい灯りも見えないし「まぁここでいいか」と引き戸を開ける。
ん〜・・・入るなり後悔する。右手にカウンター左手には座敷らしきテーブルはあるが物置と化している。がしかし、出るわけにもいかず、チャーシューメン(私)とチャンポン(JUN)を注文。先客は年配のおじさんひとり。彼もチャンポンを食っている。
カウンターには「焼きそばの街日田」なんて貼り紙があったのでそれにしたほうがよかったのかもしれない。ラーメンは期待していなかったので、まぁまぁこんなもんでしょうか? 豚骨感がまったくありません。
まぁ極々普通のまずい食堂ラーメン。久留米のレベルの高さを再確認することとなりました。
12月13日
昨夜も「小頭町公園」で見たのだけど、何と云いますかいわゆる「炊き出し」っちゅうやつですか?住所不定(ホームレス)の方々に豚汁か何か「汁モノ」の無料提供をやっていたのです。公園を使っているので「市」から公園使用許可は出ているでしょうが、なんなんですかね?あれって・・・。どうなんでしょうか?市も一役買っているんでしょうか?
ある意味「ボランティア」の方々が自主的に時間と場所を決めて、チラシか何か配って「参加募集」でもやってらっしゃるのでしょうか?昨夜見たのが2回目だったのですが、前回の時も40〜50人ほどの「住所不定者」が集まっておられましたが、何かこう「ホームレスの会」とかいう組織があって連絡網が出来上がっているんでしょうか?
「○月○日 ○○時 小頭町公園にて炊き出しあり!参加者を募る」
な〜んて回覧板が回ってきたりするのでしょうか?
それとも「ホームレスの会|代表」なんて人がいて ひとりづつ伝えていたりするのでしょうか。はたまた派閥なんかあったりして「中央公園組」とか「三本松・池町川の会」や「小頭○○組」なんて分かれていて、実はあの炊き出しの最中も派閥間でにらみ合いとかいざこざが絶えないんですよ・・・という主催者からの苦情があったりするのでしょうか?

ホームレス(路上生活者)をWikipediaで調べてみた。

---様々な理由により定まった住居を持たず、公園・路上・公共施設・河原・架橋の下などの公共の場所等を起居の場所とし日常生活を営んでいる者のことを言う。野宿者(野宿生活者)・路上生活者と呼ばれることもある。
かつては乞食・浮浪者・ルンペンなどと呼ばれていたが、差別用語との指摘を受け、海外での同様な状況を指す英語の the homeless に由来するホームレスという呼称がマスメディアを中心に外来語として定着した。
高齢者のホームレスの場合、国民年金の掛け金を払っていた人に対しては年金が受給されるようになり、65歳を期にホームレスを脱することが出来る人もいる---


ところで炊き出しをやっている側の人達はどこの誰なんでしょうか?
これもネットで調べてみたら・・・(goo newsから)

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ホームレスの生活支援に取り組んでいる「久留米越冬活動の会」(吉田晃児理事長)は5日、久留米市小頭町の小頭町公園で「2006越冬突入集会」を開いた。集まったホームレスの人たちに、おでんやラーメン、焼きそば、ビールなどを振る舞い、健康相談に応じた。

 同会は1991年12月設立で、今年9月には特定非営利法人(NPO法人)に認証された。炊き出しは春から秋にかけては月2回だが、凍死も心配される冬場の12‐3月は毎週火曜日に同公園で開催。突入集会は毎年12月の開催初日に開いている。

 今回は法人認証の記念式典を兼ね、同会メンバーや支援者、ホームレスら約100人が参加。久留米荒木キリスト教会の牧師でもある吉田理事長(66)は「人のつながりを大切にしていこう」とあいさつし、寒い冬を乗り越えようと誓い合った。

 同会によると、炊き出しを受けるホームレスは80‐90人だが、実際の人数はもっと多いとみているという。吉田理事長は「減らないホームレスをどう後押しするか。法人化で社会的信用が得やすくなり、これからが勝負になる」と話す。

 この日、集会に参加したホームレスの男性(65)は「友人から聞いて初めて来た。冷え込みが厳しい中、炊き出しはありがたい」と喜んでいた。

 同会は、炊き出し以外にも洋服や日用品の提供、就労支援などをしており、市民に支援物資などの提供を呼び掛けている。同会=0942-27-0116 ---

という事です。
ホームレスについては もう少し詳しく調べてみる必要がありそうだな・・・。

12月10日
気心の知れた方々との仕事はストレスが無く気分が良い。
4日に続き6日も西田MAMIさんの営業のお仕事in上陽GC。ゴルフ場のレストランでライブ。ゴルフ場の方々もいい方ばかりでストレス無く時間が流れてゆくのだ。たまに会場の対応が悪かったりするがそれだけで疲れが倍増したりするが、ここは何の問題もなくスムーズに事が運ぶ。とても良いことだ。ライブもいい感じでお客さんのウケも良く無事終了! 搬入も搬出もなかなか使いやすいところでGood! ただゴルフ場へ行き仕事をして帰ってくるというのももったいない話なのだ!ゴルフ場はゴルフをするところなのであ〜る(^^;)
(※楽屋のVIPルームでくつろぐMAMIちゃん)
そして8日は「日米開戦記念日」。日本が西欧の植民地支配からの脱却を賭けて戦った最後の大戦。今も昔もアメリカの狡賢さは変わらない。戦争には負けたけど植民地化されているよりはましだったと思う戦後生まれのひとりなのである。
で、8日と云えば「ジョンレノンが暗殺された日」である。26年前のこの日私は久留米市民会館にいて、シナロケの仕込みを終えロビーでくつろいでいた。そこへ鮎川氏が現れ「ジョンが死んだらしいちゃけど」と云う。その頃ビートルズは知っていたけどそれほどの人だとは思わず「へ〜」くらいで聞き流した・・・という思いでしか残っていない。鮎川氏からするととんでもないニュースであり事件であったろうに・・・。

そいでもって「ジョンレノンに捧ぐ」エレファンツライブin大博多ホール。
大博多ホールはたぶん20年ぶりくらいだと思う。何の仕事が最後だったか記憶にないがほんと久しぶりだ。
本番中、安部さん涙で唄えなくなる。ほとんどジョン的な生き方をしてきた人だからなぁ。暗殺は悔しかったろうと思う。
でもこの夜の安部さんは凄かった。ほんとうにジョンがそこにいるような研ぎ澄まされた空気が張りつめていたように思う。(写真は本能的にカメラに反応するPaul木村氏)
そいでもって9日は早朝から上陽町。10月に八女市に吸収合併されたらしい。8時前には春の山公園でソフトボールイベントの国歌斉唱byダニー馬場でお手軽PAセットの仕込み。9時半には終了。そのまま農業活性化センターホールへ2分で移動し「スマイルフェスタ2006」ダニー氏は15時過ぎからの出番だが12時からリハーサル。その間中学校体育館でリハーサル中の深町宏氏を陣中見舞いに顔を出す。
16時50分に本番終了。その足で3日ぶりの上陽GCへ移動。ソフトボールの懇親会パーティだ。これも先発隊が15時から仕込みに入っていて問題なくリハーサルへ突入。本番は高校生から社会人(TOYOTA等数チーム)まで女子の黄色い声援を受け、いつになく緊張気味のダニー氏でした。試合やって疲れているだろうに、この人達ゃ盛り上がりすぎっちゅうか元気余りすぎです。

やっぱゴルフ場にきてゴルフが出来ないっちゅうのはストレスが・・・。
12月4日
2日、市内中学校おやじの会ゴルフ大会at鹿北GC。18組68名の参加で牟田山中からは3組のエントリー。学校対抗戦なのだが我が中学校は惨敗・・・。終わって広又の「まんまる」にて表彰式という懇親会。学期ごとに1回、次は3学期に行われる。がんばらねば・・・。

3日、久留米市民会館小ホールにて「西田MAMI」ちゃんの生徒さん達の発表会。13組、18名が2曲ずつ唄い、最後にMAMIちゃんも2曲唄い、最後はお客さんも巻き込んで全員集合のクリスマスソングを大合唱。

いやいやみなさん回を追うごとにうまくなっていく。真面目に練習をすればちゃんと結果がついてくるのだよ!という教えだな。

終了後文化街の店で打ち上げ!刺身に鍋。
うまいうまい!日本酒もうまい!
12月1日
今年も残すところあと1ヶ月。月日の流れの早いこと・・・。歳を重ねる毎に時間の流れ過ぎゆく事が何と早いことか。若い頃の1年と今の1年は同じ長さではあるけれど、どうしてこうも早く感ずるのだろうか?
以前、とある人が云ってたが「時間とは相対的なものだから、その人の持っている死ぬまでの残りの時間に対しての感覚」というものらしい。
80年生きると仮定して、20歳の時に感ずる一日というのは余生60年で割った一日だ。かたや79歳になったときの一日は残り1年の中の1日ということで、分母が小さくなればなるほど早く感じると云うことなのである。なるほどそういう事だったのか・・・。
長女は今バイトをしていて、専門学校から帰りいそいそと出かける姿を見ると、がんばれよ!と声をかけたくもなるというものだ。思えばつい数年前までは子供だったような気がするのだが、高校生からか「化粧」というやつをやり始めてからこっち、素顔がわからなくなてしまった。化粧すること自体に慣れていないって事もあろうが、逆効果になってないか?と親の俺が心配したりもする。まぁこうやって世の男性はだまされていくのだろうな。化粧はよくないものなのである。

で、バイト先は自転車で5分の「海鮮ろうど」という回転寿司屋さん。22時閉店でいつもなら22時30分には帰宅するんだけど、その日に限って24時を回っても帰ってこない・・・。電話をかけても出ない・・・。次女も心配していたらしくとりあえずバイト先を確認しに行くことにした。カミさんは23時すぎにはご就寝ときてる。母親は強し!なのだ。その車中で長女から次女へ電話が入る。「店でバイト仲間と喋ってたらこんな時間になってしもた〜 ごめ〜ん!」だと・・・。腹立つやら悔しいやら・・・。親の心子知らず・・・。お父さんだって心配しているんだからね。

つい先日そのバイト先で「現金盗難事件(バイト仲間が同じバイトくん達のバックを盗んだらしい)」があったみたいで いろいろ話し合いも必要なのはわかるけど、「まずは連絡を入れなさ〜〜い!」と直接云えないお父さんはこんなところで大声を出すのでありました。トホホ・・・・。(と書きつつ新婚当初、カミさんから「連絡入れろ〜!」と云われてた事を思い出す。親父と一緒じゃねぇの)

でもしかし、俺等の頃は「遊ぶお金」でのバイトだったけど、今の子らは大変だ。なんせ「ケイタイ」に毎月1万円以上必要なんだからね。ポンと出す親なら子も心配なかろうけど、うちは個人負担だから大変だと思う。娘達よがんばれ!これも人生勉強だ!きっと役に立つ日がくる・・・ハズ。
実は、こういう仕事をしているにもかかわらずCDというものをあまり買わない。数えたことはないけれどたぶん150枚あればいいほうだろう。気になる音楽が無いっちゅうこともあるだろうが、ライブの仕事で生の音楽に触れ続けてきたせいか、スタジオで録音された音楽に対してさほど興味が湧かなくなってしまったのかもしれない。オーディエンスを前にしたアーティストは予想も出来ないパフォーマンスや普段見せない表情なんかとにかく人前に出た時の人間は凄い!と感動の連続なのである。スタジオ録音よりも数段良い演奏になるのが当たり前の事なのです。

ところがここ1週間で2枚もCDを買ってしまいました(^^;)
一枚は何てことないBEATLESの新譜(と云っていいのか?)「LOVE」っちゅうやつ。まぁこれはネタ的に必要かと・・・。(実は別な理由で。後述)ジョージマーティンさん親子、まぁよくもここまで触りまくったな!っちゅう感じで、発売まで3年かかったらしいが、3年間もこんな遊びが出来て親子共々幸せなヤツらやのぅ・・・。売れると分かっているから出来ることだろうけど遊びすぎなんじゃ!

ほいでほいで、現場打合せの帰りにFMから流れてきた曲がすごく心地よくて「誰これ?」状態になる。こんなこと何年ぶりのことじゃろう?普段ラジオから流れてきた音楽って歌い手が分からぬままCMに変わったりするんですけど、今回は曲終わりでしっかり名前聞けたんです。照屋実穂っていうシンガーのデビューアルバム「Sincerely for you」ってアルバムの中の「とまらない日々」という曲だった。記憶力も歳と共に低下している事は十分理解しているので、帰路の1時間弱はなんべんも繰り返し口に出してつぶやきながら・・・。
で、次の日発売って事だったんで早速近所の「TUTAYA」へ・・・。そしたらにぃちゃんの冷たい言葉「うちでは入荷予定はないです」(俺)「ならどうしたらいいのよ?」ってちょっと怒り気味。すると注文してくれと云う。ネットで買おうかとも思ったが、にいちゃんがかわいいヤツだったんで素直にお願いして帰ったのだけど、その時目に止まって買って帰ったのが先ほどのBEATLESだったというわけです(^^;)オマケなんですビートルズは。ハハハ・・・。

でこの照屋実穂さんの声が良い。細い声なんだけどアルファー波出まくりで、ほのぼのっとした、何かこう若い頃の胸キュン状態に戻ってしまいそうな、せつなく甘いフワフワとした気分にさせてくれるのであります。現在睡眠誘導音楽になっています。

ちなみにラジオ聴いてCD買ったの「Juddy&Marry」以来。