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| 2006.1.27 |
因幡晃さんのミニツアー終了。熊本は打ち上げ参加せずバラシてすぐに帰ったのだが、以外の場所ではよく飲んだしおいしいものをたくさん頂いた。ほんと「グルメツアー」と云ってもいいくらいだ。詳しくはツアーレポートに書くとしても、こりゃあんた体調が戻るのにも時間かかりそうですばい。
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| 2006.1.17 |
| カミさんが風邪をこじらせてなかなか回復しない。昨日は一日中寝ていたらしいのだが、それでも良くならないので今朝から友人Yの病院(小児科)へ行くという。まぁ風邪に大人も子供もないだろうから小児科で由とする。思えば俺もそうだった。近所の中村小児科にガキの頃からお世話になっていたので、大人になってからでも何かあるとすぐ看てもらっていた。10数年前に廃業されたので今では仕方なしに一番近い病院へ行っている。と書いていたら次女が学校早退して帰ってきた。風邪をひいたらしい。カミさんのがうつったか・・・。 |
15日は友人の店「あっくん食堂」の第1回ゴルフコンペ。
最初はゴルフなんてしない!と云ってた店主Kではあったが、常連N氏の強引な引き込みによりやむなくという感じで始めたんだが、今では奥様のほうがはまり込んでいる。そんなこんなで前出のS君やらいろんな人を巻き込みつつ、10組総勢40名という大掛かりなコンペになってしまったのです。しかし一人のドタキャンも出さず、時間に遅れる人もいず、すべて計画通りに終了したのであります。これってこの人数の規模ではなかなか難しい事なのね。いやぁよかったよかった。そしてお決まりの表彰式&懇親会も無事終了。いつの間にか幹事にさせられていた私はちょっと辛かったですが、参加者の「楽しかった」という声を聞くと「2回目も頑張らねば!」と思うのでありました。 |

優勝のY氏
グリーンジャケットはこのコンペ優勝者用に新調(^_^;)
エンブレムにはAKKUN SHOKUDOU CUPと入っています
ちなみに私は12位・・・悔しい。
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| と、打ち上げが終了し万歳三唱が終わったちょうどその時、店の扉が開き入ってきたのは「N企画のG氏」で、まぁまぁ入らんですかと飲み始めたのであります。その後A_Well氏も合流しまたまた飲み始めそれからどうやって帰ったか記憶の外・・・。 |
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| 2006.1.13 |
それにしても酔っぱらいすぎなのよ。
M社Kくん!君の事。たぶん風呂入らずに寝ただろうから、朝起きてビックリした事でしょう。なんで唐辛子が枕についているのか? 醤油の匂いがするのか? 頭もチクチク痛んだ事でしょう・・・。店の人からバケツをもらいゲロゲロしてた写真は公開しませんからご安心下さい。
ん〜焼酎5本はいかんやろ・・・。ばってん一人で泥酔もま〜だいかん! |
ようやくやっと新しいMac(iMac G5 20inch)ちゃんがやってきた。Appleのサイトではintel載せた新型iMacが出たというのに我が家へやって来たのは旧型ということになるのか?まぁしかし新型にはG5という文字は出ていないので最後のApple G5ちゅうことになるのかも。しかしながら新型マウスは素晴らしいぞ!見てくれは今までのマウスと同じなのだが、よく見ると真ん中にスクロールボールが付いていてこれですべてスクロールできる。Winには以前から付いていた機能ではあるが。それと右クリック左クリック機能がやっとこさ追加された。これもとても便利だ。
それにしても机(1m×2m)の上がすばらしく広くなった。これまではG4本体は机の下に置いててディスプレイ(EIZOの21インチ)のみ机の上だったのだが、このEIZO君がバカみたいにデカかったんだな。普通のブラウン管だから仕方ないのだが。おまけにPM7600/200ちゅうもんまで置いていたんで狭くなるのも当然ちゃぁ当然だ。これは娘のメール用マシンとして使うことに決定済み。G4君はカミさんの遊び道具・・・もとい・・・確定申告用マシンとして活躍が決まっている。それとバックアップサーバーとしても利用する予定だ。
久しぶりの新品Macにご満悦な昼下がりである。
早くプリンターのドライバーを仕入れなければ・・・。 |
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| 2006.1.10 |
| どこもこうだとは思わないが、1月2月は極端に現場がない。人が動かなければイベントもやりようがないのだろうが、それにしても少ない。これで一年やっていけるのだろうか?と不安な日々を送る事になるのだが、ネが日和見主義なので まぁどうにかなるさとこれまでも生きてきた。ヨソはどうなんだろうか?と逆に心配になったりもするが余計な事は考えるなという事か。 |
毎年というか「何かあると集まる」という輩の集まり。今回はもちろんのこと新年会と称して飲み会があった。梅を見ては飲み 桜の下で飲み 奥様の誕生日だと云うて飲む。雨がうっとおしいと云うてはまた飲み 暑いから生ビールがうまいと飲む。とにかく何かにつけては集まりよく飲む。中学の同級生がメインではあるが 後輩夫婦もいればその友達も巻き込んだりして なかなか多彩な顔ぶれだ。
今回は3つ年下のTくんの仕切りで 丸海屋という居酒屋。集まったのは16名。
一番街に入ってすぐ左側の二階と三階にある たぶん全国チェーンの店だろうが、みなさんここは要注意です。何がって?食い物が全てしょっぱいのである。最初に出てきたのは「カニ」ボイルした冷凍物なんだろうけど凄いしょっぱさ。それで次から次に出てくる物全てが同じ塩加減。鶏の唐揚げなんか塩気プラス醤油でとても食えたもんじゃなかった。唯一食えたのは「刺身」と「シューマイ」の2品。若者はこれくらい塩気があったほうが喜ぶのか?
それから新年会参加の友人K経営のスナックへ行く。どうせ店は休みなのだからと1000円ポッキリの貸し切りにしてもらい、しこたま樽酒を飲み狂ったようにカラオケを唄いまくる。挙げ句の果てには「腹がへった!」とお決まりのコース「潘陽軒」へ行く。やっぱヤワ麺はうまいぞ!
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大工である友人Sがゴルフを始めたのが昨年の11月中旬。みんなの誘いにも「俺は絶対ゴルフはせんじゃん!」と言い続ける事マル5年。しかし来週開催の「あっくん杯コンペ」に無理矢理参加表明させられたものだから、仕方なく地道な練習に明け暮れている。そいつの自慢が「俺は子供の頃からスポーツというものをやった事がない」というもので、草野球すらしたことがないらしい。中学から吹奏楽部で高校でも吹奏楽部ときてるので全くの運動音痴だと自負しているのだ。以前練習場で見た時は「止めた方がいいかも」と思ったくらいみっともない姿で球を打っていたし、本人も「打ってても全然楽しくない」と云っていた。で、コンペを1週間後に控えてあたしゃ思ったのです。「このままの状態でコースに出て、ひどいスコアで終わったならばコイツはゴルフ止めるかもしれない。彼に出来るかどうか分からぬが一度正しいスイングを伝授してみようではないか・・・」と。で、今日2時間ばかり付きっきりで指導したら見違えるような球を打ち始めました。本人もこの変化にすごくご満悦な様子。しかしSくん!ここに断言しよう。あなたのその素直な性格がなければ1日でこうも変化するわけが無かったのですよ。このままその素直な気持ちでゴルフを続けていってください。少なくともゴルフの楽しみと失敗する事の悔しさ、そして何よりゴルフを通して広がる仲間の輪を広げていってください。
しかし一朝一夕で思い通りにならぬのもゴルフというもの。さぁどうするSくん? |
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| 2006.1.4 |
風邪をひいたのは俺だけだと思っていたら カミさんも相当なもんんで、元々胃腸が弱い彼女は薬にも敏感で、抗生剤が悪かったのかメシが食えなくなっていた。そうなると益々悪化の道まっしぐらで、本日もまる1日寝込んでいたようだ。こうなってから始めて気づく母の力というもので、日常的な子供達の世話と家事全般は待ってくれず、黙々と仕事をこなす様を見ていると「恐るべし母の力」と改めて感謝せずにはいられない。娘達よ深く感謝しなさい。
てことでまだ禁酒中。(間接的禁酒)
2003年を最後に年賀状を出さなくなった。
毎年年末になると「来年の年賀状はおよそ○億枚行き交うようです」なんてテレビで云うのを聞いて「なんじゃそりゃ?総務省を喜ばすだけじゃないのか?おまけに年末年始は自分らは休んでバイト大量に雇って配達させているし、いったいどうなっとるの?」という自然な反発心と猜疑心から年賀状は出さない事にしたのです。もちろん旧友などから来た年賀状に対しては、無礼を承知でメールで答えるようにしています。
しかし年末の仕事が減って随分楽になった。
それまでは12月に入ると、意味不明の「強迫観念的圧迫感」が知らず知らずのうちに忍び寄ってきていて、それが「何であったか」というのに気づくころは「時既に遅し」で、コンビニに売れ残った某かの印刷済みのハガキしか残っていない・・・という事しばしば。
これもクリスマス商戦・バレンタイン商戦など日本人が考え出した、所謂一つの暗示にかけられた状態と変わらず、思考能力麻痺状態で行う一大イベントだ。こういう作られた商戦に乗っかるのも嫌じゃないか。それも国指導の元に行われるシキタリ的行事なんだからな。
なんて適当にバカな事書きましたが・・・
年賀状を頂いた多数の方々にこの場をお借りして御礼申し上げます。
どうか今年もよろしくお願い致します。 |
そりゃそうと・・・
このサイトに不法侵入した大馬鹿者がいるようだ。
先ほどそれを指摘されて慌てて訂正したにはしたんだけど、誰が何の目的で? 特定な人を誹謗中傷するような事はお願いだからやめておくれ。
しかし世の中には凄い技術を持つにも関わらず、それを正しく正当な場所で使い切っていない人がなんと多いことか。 |
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| 2006.1.3 |
年始打ち始めの儀。
体調は不十分だが こればっかりは約束だから仕方ない。昨夜は酒も飲まず早めに寝て体調を整える。晦日から飲んでいないのでトータル4日間アルコール無しの生活。これはこれでなかなか良しだが、たばこは相変わらず休憩する事を知らない。いかんなぁ。
とまぁこんな状態だからゴルフもメチャクチャだった。いっしょにやっている健康な体の仲間が羨ましい・・・。やっぱ動物は健康な体が一番やな。
てことで夜の飲み事も辞退する・・・
ものの、頻繁に入ってくるメールが気になる。人が病気で寝込んでいるというのに面白がってなのか嫌みなヤツらだ。で、同時間に中学校仲間の飲み事があっているがこれにも参加出来ず。ますます気になるがここはグッと我慢だ。
2006年は我慢の年になるのかも。 |
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| 2006.1.1 |
年末の無茶が祟ってか持病の「扁桃腺」が腫れはじめたのが年末の30日。そして朝早くに姉から電話があり「義母他界」の知らせが入る。18時半からの飲みの時間をずらしてもらい19時からの通夜に出る。扁桃腺が腫れてくると悪寒が走り体温が急激に上がってくるのが手に取るように実感出来るので対応可能なのだが、腫れはじめはやはり舐めてるちゅうかまだまだ大丈夫とタカをくくってしまうので症状が急速に悪化する。とは分かっていても飲みは断れない。
次の31日は葬式〜火葬〜納骨〜初七日と慌ただしく済ませるも、その間熱が上がるあがる。体温計が無いので測る事はできないが、測っても余計に体調が悪くなりそうなので、かえって無いほうがよかったのかもだな。過去の例からいくとこのまま39〜40度まで熱が上がり3〜4日寝込む事になるだろうことが分かっていたので、帰りに薬品関係の友人E宅へ「抗生剤」をもらいに行く。試供品を10錠もらう。これで一安心だ。上峰町から帰るところで電話が入る。留守電を入れていた医者の友人Yからだ。自分の解熱剤をあげるからすぐに出てこいとの事。ありがたや・・・ありがたや・・・すぐに薬をいただきに病院へ向かう。大晦日が当番医だと聞いていて良かった! これで鬼に金棒、年越しライブもなんとかやっつけられるだろうと大安心。

安心したものの、ライブ自体はは23時30分から25時までで、途中除夜の鐘タイムが入るので実際1時間半の普通の長さ。しかし終わって軽く打ち上げして帰宅したのは午前4時を廻っていたのであった。症状が良くなるはずがない。
(除夜の鐘初体験の大川玄幽時。上の格子状の部分に鐘がある。奥がライブがあった本堂) |
そうやった 新しい年が始まったのだ。平成18年 皇紀2666年 西暦2006年
明治だと138年 大正なら94年 1926年が昭和元年だから昭和ならちょうど80年だ。
大正時代が15年しかなかったことを考えると平成がもう18年に入ったという事は、ほんとに月日の流れの速さを感じずにはいられない。
毎年某かのテーマを決めているのだが、昨年は決まらずじまいでダラダラと月日が流れていってしまった。今年はイメージは出来ている。50歳を目前に内なる意識を変えていきたいと思う。誰も自分があと何年の命なのか分からぬものだ。が、俺はもうとっくに人生の折り返し点を過ぎているのだ という事を自覚しつつ「やれる時にやる!」という これまでとは全く逆の発想で一年を過ごしてみたいと思う。これまでは「明日やれる事は 今日するな!」であった。どういう意味で使っていたかというと「人生無理しちゃいかん!」っちゅうことです。しかし時間は戻ってくれないちゅうのは頭では分かっているけど、なかなか体では感じられないものなのですよね。
長女のさくらも今年高校卒業だもんな・・・。 |
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