11月Personal|1月
2005.12.29
昨日は一日中大掃除というか事務所建物周りのゴチャゴチャしたとこの「必要な物と相でない物」の整理やら、ここ数年ゴミなのか何なのか分からなくなっていた物を捨てたり燃やしたりしてたら、出てくるわ出てくるわ・・・よくもこんなに長い間ほったらかしてたものだとつくずく自分が嫌になる。それでも1日で終わらなくて明日に持ち越してしまう。
来年こそは倉庫を建てなければ・・・と思う年の小春日和。
2005.12.27
昨晩は「裏方忘年会」 あっくん食堂にて。
参加者は、FHSからtomi、西企から権藤・早瀬・やなっち・大中・酒見・川島・その他3名(ごめん酒と共に忘れた!)メイクから小濱・吉瀬かず・WP中垣・アバーブ井上・サザンクスよっちゃん TARZANからサブロー・純ちゃんと俺。総勢18名。

「今年を振り返って」というお題目でみんなに今年の反省と来年に向けての所信をしゃべってもらったのだが、やっぱ裏方はしゃべりベタちゅうかシャイやね。つくずく実感した。

もつ鍋と寄せ鍋、ビールと焼酎をしこたま飲んだ後は、〆の儀式で潘陽軒へと向かう。
珍しくあたしゃこの日は食わなかったが、麺食いな人達は酔いで食回路がショートしているのか、1杯完食した後おかわりをしていた。おいおい2杯食うかよ? まぁ時々はこのような集まりも必要だな。それにしても三岳はうまい!
2005.12.23
今年の3月やった録音がある。その時だけの一発物と思っていたのだが、12月だというのにまだ終わる気配がない。唄い手は久留米出身なのだが現在静岡に住まわれていて、仕事で日本全国を飛び回られているという方だ。昭和10年生まれの70歳だと本人は云われるが、どう見てもまだまだ若々しい。おまけに元来空手界の人らしく姿勢は良いし声もデカイときている。写真でしか見た事はないが100円玉を折り曲げるという妙技を持っているということだ。3月に最初にお会いした時「よろしくお願いします!」と握手をしたのだが、手のデカさと握力の異常さはすごかた。聞くと若い頃は「握力計」の針を振り切っていたという。恐ろしい人だ。1970年代に殺人空手で一世風靡したと云えばご存じの方も多いだろう。いつ終わるのだろう。
久しぶりのFlying Elephants3日間限定ツアーが終了。田川→諫早→佐世保という日程。

田川:宮川葉子(YO☆KO)というPaul木村氏の教え子のCD発売記念のライブも兼ねたやつで、会場になった旧福寿会館(ラ・ファミィュ・フクジュ)は大入り満員状態で熱気ムンムン!! 大いに盛り上がってました。
このYO☆KOなのだが数年前ヤマハのTeen's Music Festivalにて九州代表で全国大会に出たという前評判であったのだが・・・。滑舌が悪いというか言葉が伝わってこない。聞き取れないのだ。バックバンドもウマイとは言い難く、自分の世界でしか演奏出来ていないので、益々彼女の声が埋もれていく。逆相乗効果というやつだ。まぁしかしこのような唄い方が流行っているのであれば仕方ないが、このままではプロとしてやって行くには更なる努力と指導が必要であろう。


---で、このホール「搬入口」が無く、玄関から入って客専用エレベータで機材を入れるようになっている。で、搬入時「エレベーターの壁に傷を付けるな!養生しなさい!」とホール担当者から注意が入るのだが、そりゃあんた違うやろ?搬入口すら作らなかったおたくの姿勢が招いた結果なんじゃないの? マンションのエレベーターみたいにパンチ用意しておくとか何か対策があるでしょうに・・・たいへん気分悪し!
---24時に久留米へ帰り着く。途中「丸星」で一杯。うまかった!

諫早:次の日の諫早は旧玉姫殿(ロイヤルベルズ)のホール。(キャパシティ300名)
15時入りだったので途中大川の「烏骨鶏ラーメン」を食う。やはりうまい!

ここロイヤルベルズも搬入口が無くて、会館建物の一番奥にある飲食物専用エレベーター(850横×1150縦×1200奥)で搬入する事になる。大丈夫なのか? 急遽使用する機材を変更! モニターで使うべきMAX君をフロントにまわし、サイドフィルだけでやっつけることにする。所謂「手抜き」だな。だってEQ南氏が「今日は終わってからの忘年会がメインですから」なんて云うもんだからね。

この日リハーサルが終わった頃から雪が降り始め夜にはすっかり雪化粧。この時期雪が積もったのは何年ぶりのことだろうと地元の人。キャパシティ300名ほどの会場がFEには最高に似合っている。息づかいが手に取るようにわかる近さが魅力だ。打ち上げが始まる頃にはメチャクチャの吹雪で明日の移動が気になるが、結局2次会へ移動しAM3時半まで飲み続け(仕上げにラーメンを食うヤツもいたが)・・・ホテルへ戻り部屋飲みの約束をするも誰も集まらず、寝たのは4時過ぎ。みんな明日の朝は大丈夫なのか?

案の定・・・7時過ぎに朝食集合だったのに俺が起きたのは9:19。木村氏とサブロー以外は全員玉砕! チェックアウト寸前に全員集合となる。
雪で通行止めになった高速道路を横目に下道を黙々と佐世保へ向かう。昨夜の酒が抜けきれず朦朧と運転すること1時間40分。アルカス佐世保へ到着!

喉も渇いたし、まぁまずは腹ごしらえということで照明M社のKに聞いて確認していた、佐世保バーガーの有名店「BigMan」へ繰り出す。
佐世保バーガー初体験!
ぬぬ!うまいでないか!

これでもかと重ねられた具をビシャッと押しつけて下に敷かれた紙にくるみバクッと食らいつく。ハンバーグとベーコン・レタスとチーズに玉子が特製ソースに絡み何とも云えぬ味が口の中に広がる。
まぁしいて例えれば「モスバーガー」の進化系だろうか。とにかくバーガー好きの俺には「も〜たまらん!」
店を出て会館に向かう途中バーガーのハシゴをしてしまう。ここのはあまりうまくなかったので割愛する。
無事リハーサルも終わりそろそろ腹もすいてくる。ホール担当者から仕入れた情報によるとすぐ裏手にうまいラーメン屋があるという。ラーメンは確認しておかないと気が済まない質なのですぐにその店へとで向かう。音響照明4名様。
アルカスから徒歩2分にある「お栄さん」という食堂で、基本のラーメンを注文する。メニューは他にチャンポン・焼きそば・焼めし・野菜炒めなどなど。
サラサラのスープは元祖久留米の基本形だ。違うのはモヤシが乗っていることくらいで、以外の具はキクラゲとチャーシュー2枚。
これが佐世保の基本形らしい。なつかしい味でした。
ですが値段が気にくわないというか左の写真通りの物なのですが、久留米だと400〜450円が相場ですが、なんとこれで580円も取られました。ちょっと高いんじゃないでしょうか? グルソウは少なかったのでOKですが。
この日も終演後打ち上げがあり「のみたりん」という店で「佐世保風もつ鍋」に舌鼓を打つ。もつ鍋自体はモロ醤油味で「ちゃんと出汁を取りなさいよ!店主」と云う気にもならない代物で、最初からチャンポン玉は入っているし、わりと乱暴な食い物でしたが、あまりにも旨かった「鯖寿司」を持ち帰りにゲットしてしまう。メンバーは12時前に帰路につくのだが裏方はそこからまた盛り上がり、まだ佐世保バーガー食ってないというEQ南氏の意見を取り入れて、ブルースカイという深夜までやっているという老舗バーガー屋へ徒歩で移動。佐世保の人は飲んだ後の〆にラーメンではなくバーガーなのだそうだ・・・。でもこれがいけるから不思議。で、
この店、段取りが悪いのかおばんの手際が悪いのかやたらと時間がかかる。カウンターだけの店に先客3名。寒空の下待つ事1時間。その間電話予約の客が数組車でやって来ては帰っていく。ん〜どういう事になっとるんじゃ?

久留米でなら絶対ありえない「待って食う」という行為だが酔いも手伝ってか1時間も待ってしまった。やっと出来上がったバーガー(320円)に感動の拍手と記念の1枚です。
どうなんでしょうかねぇ、昼に食ったビッグマンより味はイマイチでしたが、待って食う事の意味が分かりました。苦労が多い方が喜びは何倍にもなるという事です。しかし出来たてのバーガーなのに冷たかったのはなんででしょうかねぇ?

冷たいバーガーに怒った我々の心を静めるには温かい食い物しかありません。誰が言い出したか我々は佐世保名物「飛魚ラーメン」へと向かっていたのであります。(いったいどんだけ食えば気が済むというのか・・・)
10年以上前に一度だけ食した事があるものの、覚えているのは「激辛ラーメンを食った」と云う事と、ネーミングが「パープルヘイズ」だったという事だけで、普通の唐辛子入れて何の工夫もなく「激辛」はないやろう?と、やや怒り気味だったように記憶する。だから基本的なスープの味など覚えている訳もないのです。
がしかし、10年前とは全く様相が変わっていました。辛いメニューは残っているものの、普通のラーメンをレギュラーと呼び、その他中華ソバやつけ麺、アメリカン(バターコーン)カナディアン(コーン)等いろんなトッピングで楽しめるようになっていました。
注文したのは左の写真レギュラーです。
ハッキリ言って佐世保名物をナメていたようです。
とてもうまかった。

アゴというトビウオを使ってこんなにコクのある風味は出せないはずだと思うのであり、たぶん豚骨も頸骨も使い悩んだ末に出来上がったスープだと思えるくらいまろやかな味に仕上がっている。麺はやや加水率が高いツルツルっとしてて久留米ラーメンにはないヤツ。これもまたよし!
結局あんた佐世保に何しに行ったの?と聞かれると返答に困るのだが、まぁたまにゃこんな現場もあってよかろう。
2005.12.13
最近筑後周辺にも豚骨以外のラーメン屋が増え始めた。
数日前、諸富町にある「龍」という烏骨鶏ラーメン屋を体験する。とにかくうまい!こんなラーメンもあったのか!?と感動もの。ダニー馬場氏に連れて行ってもらったのだが、同行したバンドメンバーも口を揃えて太鼓判! 化学調味料もほとんど気にならず最後の一滴までスープを飲み干す。しのわやかつらやには無いうまさだ。シャキッとしていてコクがある。今までにない味で老若男女ウケること間違いなし。サイドメニューの「焼き豚」や「餃子」「ワンタン焼」などどれもおいしかった。これでFC展開しているとは恐れ入った。たぶん近いうち久留米にも出来る事だろうと思う。
ここ最近大人が子供を殺してしまうという事件の多い事。昨日なんか塾講師が教え子を刺殺する事件が起きてしまう。いったい我が国「日本」はどうなってしまったんでしょうか?戦後アメリカが仕組んだ民主主義政策の名のモト、共産社会主義的マスコミのやつらに為す術もなく乗っ取られてしまってからこの道を進み始めたのは明らかな事。夢も希望も持てない国に対して忠誠心など発生するはずもなく、自分の国の歴史や文化もまともに教えられない教育からは、次の時代を支えていく人間なんて育たないはずだ。
そういう暗い気持ちになりながら、今日は何年ぶりかの映画館へ行ってきた。
ALWAYS「3丁目の夕日」を観るために。
この映画は古瀬陽子のウェブサイトにある彼女の日記の中で紹介されていたので気になっていたのだ。

物語は、昭和33年東北から集団就職で上京してきた「六子」が3丁目にある鈴木モータースへ行くところから始まる。現代の日本人が忘れかけている「人情」という人間同士の繋がりを見事に表現している。そして何より映像のすごさ。最先端映像技術を使い当時の建物や道路・車などまるでそこに自分がいるような錯覚を覚えるくらいのリアルさだ。

あの頃は良かったというノスタルジーももちろんあるが、現代の日本が抱える「病」の解決法が何かしらこの映画に隠されているような気がしてならない。


いやぁ〜しかし何回涙したやら・・・最近特に涙もろくなってきた気がする。

12日 雪化粧の背振山
この寒さと雪の中 佐賀CCに向かうバカなゴルファーもいたらしい。
2005.12.8
日本が連合国に宣戦布告した日。真珠湾攻撃記念日。/1941
力道山が赤坂のキャバレーで刺された日。/1963
ジョン・レノンがダコタ・アパート前で射殺された日。/1980

1980年の12月8日だけはよく覚えている。
久留米市民会館でデビュー間もない「Sheena&The Rockets」のライブの日で、仕込みも終わりロビーでくつろいでいると、鮎川さんがひょろっと現れてやや興奮気味に「みんな知っとうね、ジョンレノンが暗殺されたっちゃが・・・」
そこにいた全員「うそでしょ〜」
と云ったものの鮎川さんの表情をみるとウソでないらしい。その後テレビやラジオですごい報道がされていたのはみなさんの知るところ。あれからもう25年過ぎたのね・・・。

1991年9月の台風で飛ばされたままになっていた自宅の自転車置き場であった「軒」を14年振りに新装した。
14年もの間設計図止まりであったこのプロジェクトもようやく完成の日を迎えたのであります。友人K建設から資材を調達したのが7日の午前中。たぶん2〜3日はかかるだろうという予想を裏切り、午後1時から始めた作業だったが夕暮れ前には骨組みが完成していたのであります。後はペンキを塗りタキロンをのせれば完成です。
そして次の日(7日)ペンキを塗り始めてから3時間後、見事写真の軒が完成したのであります。あとは雨樋を付ければ最終完成です。いやぁ〜思ったよりも早かったっす。これでおばぁちゃんや娘達の自転車も雨に濡れずにすむというもんです。
しかし基礎を固めていないので来年の台風はちょっと恐い気もします。
それにしてもホームセンターの資材は高い!少量消費だから仕方のない事かもしれませんが、通常業界金額の7割高です。もちろん安い品物もありますが。
しか〜し、K建設から譲ってもらったおかげで材木だけで3000円もかかっていません。ただ、金属固定プレートはナフコで調達しましたが、これは25個で870円。踏んでも折っても割れないというタキロンはK建設からで6枚8000円。塗料も入れて全部で15000円以下で出来てしまいました。こういう事なら早く手をつけておけばよかった。
そりゃそうと、先月20日で閉店した「ダイエー六ツ門店」だが、やはりというか近辺飲食店にもかなりの影響が出ているようだ。
先日も「久留米荘」へ行った時感じたのだが、客の入りが閉店前と明らかに違うし「持ち帰り客」が全然少なくなっているのが分かった。今日は三潴屋へ行ったのだが、おカミさんが云うには「昼間の人通りが半分以下になった」そうで、売り上げ的にもかなり深刻な状況だという。「また来て下さいね・・・」とこれまでに無い応対だった。
他人事ながらダイエー跡地はどうなるのでしょうか? タイホーが地主と聞いたけど、賃貸収入が無くなったタイホーの経営は大丈夫なのでしょうか? ひと事ながら心配になる。このまま行けば、六ツ門商店街も存在自体が微妙なのではなかろうか。そして近い将来ゴーストタウンとなり全く人が寄りつかない元商店街となってしまうのでしょうか。
小さい頃街に行くと云えば「六ツ門」に行く事であり、怪獣映画を見たり食事をしたりラーメン食ったり、決して西鉄久留米駅周辺へ行く事ではなかったもんな。昔の賑わいが懐かしい・・・。
フェンスが張り巡らされ、立ち入り禁止状態の元ダイエー。人影もまばらだ。
そういや5年前に見た大牟田の新栄町もこんな感じであったのを思い出す。
久留米の街よこの先どこへ行く?
2005.12.5
今日昼間家の近所に一部開通している「津福バイパス」を通り上津バイパスに抜ける時気になった事。野伏間交差点北側で現209号線とジョイントするみたいなんですが、ちょうどジョイントの部分に川があるのね。で、ずいぶん前に片側1車線分の橋は出来てたわけですが、今日何気なく見てみると、横に出来るであろうスペースは工事も何もやってないのです! てぇことは梅満町から2車線で川の手前まで来て突然川の手前で1車線になるというのか? これで交通渋滞は解消されるのですかね? まさか今でも行政担当の違いなんて理由じゃぁなかでしょうね。
12月10日開通する。
2005.12.4
早い早い!
今年も例年にも増してあっという間に師走になってしまった。

ここ最近の出来事。
(1)友人が焼き肉屋の出店を企画している。まだ先の話だがそのシステムが画期的でおもしろいので一口乗っかる事にした。たぶん久留米の焼き肉屋業界の革命児になるだろう。来年が楽しみだ。

(2)長女さくらが自動車学校に通い始めた。そういう年齢になったのか・・・という寂しさと、事故を起こしはしまいかという心配ごころで少々不安ではある。めでたく免許証取得して車に乗って出かけたりしたら、無事帰ってくるまで気が気ではないことだろう。だが考えてみると自分の時にゃ親も同じ心境だったであろう事を思うと、「親心子知らず」とはよく云ったものだ。

(3)「久留米市中P連 おやじの会ゴルフ大会」が熊本の菊水GCで行われた。「良山・牟田山・諏訪・江南・屏水・明星・宮ノ陣・荒木・櫛原」と9校15チーム59名の参加。市内には全部で17校あるのでまぁまぁの参加率ではなかろうか。で、な、なな!なんと!牟田山中が2年ぶりに王者奪回!見事優勝したのであります。おまけに個人優勝と準優勝も牟田山中からだし、栄誉あるベストグロスは見事私めが頂きまして、まるで牟田山中学校のために開催されたようなゴルフコンペでありました。よかったよかった・・・。

(4)水の祭典の企画委員忘年会があった。40名ほどの参加。夏の暑い時期にしか会わない人もいるので、この季節に顔を合わせるとなんだか妙な気分。それにしてもだ、どこへ顔を出しても毎回同じ顔ぶれというのもどうしたものか? 祭り・カルキャッチやろ、たぶん商工会やJC関係者なんかはもっと頻繁に顔を合わせているはずだ。頭が変わらなければ新しい事は生まれないであろうとは誰もが分かる事。まぁ日本全体が抱える共通の悩みかもしれない。
11月Personal|1月