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| 2005.10.28 |
ざわわ ざわわ・・・
23日、森山良子さんの唄声をはじめて聴いた。筑紫哲也さんとの対談という形ではあったが、デビュー当時のおもしろい話なども聞けてなかなかの時間だった。日田市生涯学習課が「自由学校」なるものを開催していて、筑紫哲也さんを学長に迎え、毎回いろんなゲストをお呼びしているものらしい。
森山良子と云うと「この広い野原いっぱい」だが、最近では「涙そうそう」なんかで若者にもかなり知れ渡っているらしい。そして文頭の「ざわわ・さとうきび畑」だが、35年ほど前の曲だという。1968年作家の寺島尚人さんが彼女の元へ「ぜひ唄ってくれ!」と持ってきたものらしい。毎回出てくる「ざわわ」という部分、初めは「ざわざわ」だったらしいのだが、これを「ざわわ」という言葉に変えるのに2年間を要したらしい。だから1966年に出来た曲という事になるのだ。森山さんのアルバム「森山良子カレッジ・フォーク・アルバム No.2」に収められるのは1969年。最近の唄だとばかり思っていたのでビックリだった。
それにしても彼女の唄声の美しさはなんなんだろう。齢重ねてもなお透き通るような声を聴くと何とも気持ちの良い母なるものを感じずにはいられない。 |
さとうきび畑つながりではないが、先日ライブとゴルフで一緒した奄美の黒糖焼酎「れんと」の専務である渡さんが「2本入り+グラス付きセット」を送って来てくれる。何と義理堅い人か!早速お礼の電話を入れお礼の言葉。次回はゴルフに遅刻しないでね!と釘をさす。彼は前回のゴルフ前夜、飲み過ぎて二日酔いの挙げ句前半9ホールを棄権するという珍事を起こしたのである。しかしニギリの千円はしっかり頂いたが・・・(笑)
それにしてもうまいぞ「音響熟成・れんと」
嫌みが無いというか、さとうきび自体がこのようなすっきりしたモノなのか、芋とはまた違った味わいでクセになりそうだ。
今度は買って飲むぞ! |
ゴルフと云えば・・・
最近「あっくん食堂」店主である金生学くんがゴルフを始めた。奥さんのチエさんも一緒にだ。20歳代のころ数回だけ経験した事があるとはいえ、なかなかの上達速度。こりゃまわりのみなさん油断してたら追い抜かれますぜ!
その金生くん自分が始めたものだから、常連の同級生をどんどん巻き込んでいる。先日も「俺は絶対ゴルフはせんじゃん!」と云っていた塩田くんにクラブを買わせ練習場に連れて行ったそうで、当の塩田くんもその気になっているらしい。始める時は一人よりも多い方が気が楽なのか?このままどんどん巻き込んで下さい。 |
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| 2005.10.19 |
3歳年下の弟が再婚すると言い出した。相手は佐世保の35歳の人。
44歳にもなろう大の男が親を連れて「結納」もなかろうとは思うのだが相手は初婚、一通りの事はやってくれという事なのであろう。
先週末、親父代わりということでお袋と三人して佐世保まで行ってきた。なかなか緊張した時間ではありましたが、昭和6年生まれで教員上がりという相手のお父さんの仕切りで結納式も無事終了。その後九十九島観光ホテルで簡単な食事会。さすが元教員、酒が進むに連れ威圧的なしゃべりも絶好調!ほんとにいやなおやじだった・・・。
まぁしかし全体的に見て無事父親代わりは勤められたかなとは思う。あとは12月の結婚式が無事終わればめでたしだ。 |
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| 2005.10.13 |
9日〜11日までの3日間、福岡は親不孝通りにある「Early Beliebers」というライブハウスにて、9日永井龍雲 10日三浦和人 11日杉田二郎というフォークな人々のライブがあった。9〜10日と顔を出したかったのだが、酒を飲む事と駐車場の事を考えると、やはり西鉄大牟田線って事になるのだが、この電車ちゅうやつが嫌いでいつも福岡の街へ行く事の二の足を踏む。しかし友人Kは本日3連チャンだと云う事を知り彼の車に同乗させてもらう事にする。
18時過ぎには会場着。熱心なファンが多いのか既に10数名のおばさま達が店外で待っている。中には花束を抱えた方もいて杉田さんの人気のほどが伺えるというものだ。 |
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ライブは19時からなのだが、ロビーにてE.B.店主のY氏や、奄美大島の黒糖焼酎「れんと」のW氏等とビールを飲みつつ笑談。ハイネケンを2本空けたところで定刻になりライブ開始。杉田さんの唄を聞くのは'85の中津江以来だから20年ぶりという事になる。ジンライムを片手に100名ほどのキャパの後部中央に陣取る。(これは職業病だな)
1曲目からやたらとギターの音がデカイ。ボーカルが聞こえない。まぁそのうち良くなるだろうと思って聞いていたが何も変わらない。最後まで全体的にデカメの音でギターがうるさいライブだった。後半龍雲も何曲かデュエットしていたが全く聞こえない・・・。ロックじゃないんだからな!も少しワビサビを感じる音に出来ないものなのか? オペが知り合いなのであまり文句も言えず・・・。
もやもやとしつつ2時間20分のライブ終了。
22時過ぎ、大名のとある店にて打ち上げ開始。しかしみんな明日(本日12日)のゴルフの事を考えつつあまり酒がすすまない。7時30分に夜須高原GC集合なのね。23時を過ぎたあたりで久留米組3名は退却!
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6時起床 6時45分出発 7時32分ゴルフ場到着。
三浦和人さんの「デビュー25周年記念中国四国九州地区ゴルフ大会」と云う口実の元集まったのは、永井龍雲・三浦和人・杉田二郎・サイキのY氏・UFPのH氏・E.B.のY氏・友人K夫妻・前出の焼酎屋さんW氏、その他博多のおもろい人々数名。
練習グリーンにいる時「お早うございます!三浦です!今日はよろしくお願いします!」と本人。三浦さんとは初顔合わせだったのですが、本人自ら自己紹介をしてくる唄い手は初めてだったのでビックリ!話してみると同じ年で1958年生まれ。この後友人Kも交えて話は盛り上がるのでありました。
で、組み合わせを見ると俺は御大杉田二郎さんとラウンドではないか! 緊張するなぁ・・・とティアップ。でもでも杉田二郎さんとてもやさしい普通のおじさんでした。名曲「男どうし」の歌詞そのもの、長くこの世界で生きてこられた方に共通の「空気」を感じました。
三浦和人さんも素晴らしく優しい人で、意地悪く云えば「人が良すぎる」んではないかい?というくらい。まぁ俗に言う「業界/仲間内」という感覚もあったのでしょうが、これほどのGoodな人々とのゴルフはなかなかありません。おまけに優勝というおまけ付きで、3名とのニギリにも2勝1敗で5Kもいただき、カミさんも5位跳び賞で5K入手。いやぁ夫婦で稼ぎまくったラウンドで最高でした。19番ホールがなかったのが寂しいですが・・・。
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| 2005.10.6 |
車検制度というものがある。車種によって1年毎や2年ごとに国の定める基準に従い検査をするというものだ。と同時に「自動車重量税」や「自動車税」「自賠責保険」など関連したお金も徴収される。(自賠責は別時期だが)
私はこの一連の作業をディーラーにお願いしているが、自分でやる人もわりと増えてきていたり、代行車検なるサービスもあったりする。
自動車税は1950年、自動車重量税は1971年に施行されているのだが、国力もなく経済的に途上国だった時代、車を持つのは一握りの裕福層だった頃の決定事項が未だ改正されることなく、車産業の主な売り上げとして予算組みされている現実を見るとなかなか納得のいかぬ法律だ。 |
しかし!だ。
若い頃に比べ「車」に対して大した感情も無くなってしまった中年おじさんは「点検」という言葉があった事すら忘れてしまっている。3000kmごとにオイルを換えたり、オイルエレメントはこの時期に換えようねとか、バッテリーは大丈夫か?ブレーキディスクは?などと車に対する興味が全くなくなってからというもの、「乗れれば良し!」というもので、最近燃費が悪いなぁとは分かっちゃいるが、だからと云って何か行動を起こすには至らなかった。
で、先月末Windom君の車検を受ける際、TOYOTAの担当者から「オイルはどうしますか?」と聞かれ、2年前の車検から一度たりともオイルの事など考えた事もなかった自分に気づいてしまい「オイルもフィルターも換えといてね」「あ!そうそう、タイヤもかなりすり減ってるみたいやからタイヤも4本ともね」と、わりと太っ腹な大人の雰囲気を醸し出しつつ、全部でいくらかかるのよ?と微妙にせこく計算している自分が嫌になりながら「あとはよろしくね!」とその場を撤退!
しかし2年間(約20000km)もの間交換してもらえなかったオイル君とそれを必要とするエンジン君はどういう気持ちでピストン運動を繰り返し、またそれを助けてきたのだろうか? どんだけ謝っても済むというもんじゃないだろうが・・・すまぬ!許しておくれ!
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いやぁ・・・参りました!
こんなにオイルの役割って大事だったのね。
タイヤもすごくいい仕事していたんだ!
車検から帰ってきたWindom君は、それからというもの見違えるような走りと、信じられないくらいの低燃費で私と愚妻を喜ばせてくれているのであります。これまでの無駄なガソリン代を考えると何とバカな事をしてきたのでありましょうか?
よ〜し毎日でもオイル換えたるでぇ!という気持ちを抑えつつ、12月にと決めた次回交換時期を今や遅しと待ち続けているお馬鹿さんなのであります。
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| 2005.10.3 |
| 道路公団が1日付で民営化されたそうである。国鉄や電電公社民営化の時とは明らかにテンションが低いように感じたのは俺だけか? はたしてこれまでの郵貯からのお金の流れやそれに群がる族議員など悪しき慣習が断ち切れるのであろうか? |
1日は恒例の「月の祭りin基山vol.5」
今年は運営スタッフとして前日からステージ製作・会場作りと参加してきた。言い出しっぺの「さる」くんも毎回大変だろう。しかし回を重ねるごとに地域に根ざした祭りへと変化していっているのを見ると羨ましい限りだ。
そして大塚さんもゆっくりと基山の時間を楽しまれていたようだ。奥様(まりさん)が今年は来れなかったのが非常に残念だ・・・。
写真は洗心寮の子供達の合唱。洗心寮は因通寺敷地内にある、児童養護施設で、訳あって親と生活出来ない子供達を受け入れ育てていくという施設。さるくんもここで働いていて、子供達にいい思い出作りにと今回初登場したのです。緊張の一場面でした。
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