2005.8.29
昨日と今日「琴」の録音。
5名の琴nist?琴弾きが入れ替わりやって来たのだが、それぞれに個性があっておもろかった。年齢と曲想と琴そのものの違いもあるだろうが、出てくる音が全部違うのには驚いた。合奏やるときは大変だろうな。しかし我ながら5人5様のアプローチでうまく録れたと思う。
発心の前あたりから右背中〜腰にかけて変な痛みがあったのだが、中津江から帰ってきたと同時に悪化! 生涯で一番の腰回りの痛み。
弱虫な俺は「もしかして結石の前触れなのか?」結石で知人の苦しむところは数回遭遇しているので、あの痛みは俺にゃ耐えられんやろうなぁ・・・とか、「もしかして俺ってガン?」 などと頭の中は史上最悪のシミュレーションモード。あぁ死ぬのかもしれない・・・等と考えているところに、a_w井上氏から電話で「その部分の痛みは肺ガンかもしれんよ、こないだ-たけしの本当は恐い家庭の医学-でやりよったもんね」なんて人ゴト発言。俺を怖がらせてどうすんじゃ?と強気にはなれず、ん〜あぁ〜どうしよう・・・などと考え始めると夜も寝れなくなり、朝一番で神頼みの「木下整骨院」へ・・・。

あぁよかったぁ〜!
疲れが溜まってブロック現象をおこしていたのだそうだ。念のため今日も看てもらい、日常生活には支障がないくらいに復活。ただ明日のゴルフで元の木阿弥になる可能性は大いにあるなぁ・・・。-喉元過ぎれば熱さ忘れる-とはよく云ったものだ。
2005.8.28
第26回中津江村MusicFestival参加のため中津江に行ってきた。当初前夜祭だけ参加の予定だったんだが、26日前夜祭当日早朝、高本氏より電話が入る「ターザンC7空いてるやろか?」
事務所と倉庫を移転してからというもの、音を出していない機材が多いらしく、不安だということらしい。てことで仕込みの手伝いだけだったのが、トラック出動と相成ったわけである。

photo by ShinTakamoto/加川良+唐津の海賊+平田+中野(センチ)
※前夜祭から一連の写真を撮ったつもりだったのだが、デジカメの調子が悪かったらしく、全てのデータが壊れていて開けない。なんというお粗末さ!かろうじてケイタイで撮ってたヤツが一枚のみ。あ〜ぁ情けないぞ。
やっぱ中津江は気持ちよい。
もちろん若かりし頃1年間住んだ土地だし、当時の仲間に会えるという楽しみもあるかもしれないが、とにかく発心と違って会場が広いから無条件で開放感がある。客も慣れたもので、好きなところにテントを張りながら思い思いに楽しんでいる。発心には無い楽しみだ。詳しくはリポートで。
2005.8.23
発心コンサート無事終了!
まぁとっかかりが遅かったぶん客足はイマイチだった事は仕方ない事かもしれんけど、みんな完全に自分の仕事をやったのかどうか。チケットが出来た時点、もしくはやるぞ!と決定した時から当日に向かって完全燃焼したか?出来うる事のすべてを全うしたのか? 声かけは十分だったか?現在のこのシステムで本当に続けていけるのか?じわじわと若者主導に移行していっていいのかどうか? 
 その時俺らおじさん族が関わる事の意味合いは?いろんな事を考えさせられた13回目の発心コンサートであった事は確かな事だ。
 この先反省会をやるかどうか知らないが、どうせろくな反省は出来ないと思う。ここまで中途半端な始まり方と終わり方をしたんじゃ何をどう反省するというのか? 発心公園でやるという事の意味も薄れてきたように思うし、コンサート自体続ける事にどういう意味があるのか、みんな意見を持っているのだろうか?
 誰にも気兼ねしない、流行ものを追いかけない、自分らが楽しめる音楽を聴きたい、そういう想いで続いてきたのだという意識は変わっていない。
参加者が多かったら納得していたのか?いやそうじゃあるまい。
いろんな事への配慮が毎年欠けていっているように感じている。不確かな存在。自分がそこにいる事の理由。
どうせせにゃならぬなら身も心もどっぷり浸りきってよかじゃなかですか?誰にも遠慮せんでよかと!俺が発心たい!と全面に出てきてもろうてよかとです。そういうヤツが集まれば自然と盛り上がっていくじゃろ。
このコンサートがいつまで続くのか誰も知りません。来年は止めるかもしれません。あまりにも音響照明+有志数人にかかる負担が大きすぎます。ステージ建て込みからバラシまで、もう少し人手が欲しいのが本音。
それに加えて、バザー関係からその他細かい部分まであまりにやる事が多すぎです。スタッフと名の付く人は手を挙げるべきですし、家族で参加&協力するのが当たり前でしょう。おかしいと思います。
この「おかしかろうもん」という気持ちが毎年蓄積されています。爆発するのも時間の問題かもしれません。だってミーティングの時間もなにもありませんからね。ここで愚痴っても仕方ないか・・・。
2005.8.18
今年も発心がやってきた。
本心は「今年はもういいやろ、一回休みにしよう」などと考えていたが、まぁいろいろあってやることにした。なけりゃないで寂しい思いもするだろう、もう12回もやってきたのだからね。下の娘と同じ歳なわけだからそりゃ愛着もあるに決まっているさぁ。

で、毎年発心公園を使っていると「公園使用料」なるものが発生している。専有面積に対して「何円」というふうに決まっているみたいだが、これまでわりと大目に見てもらっていたのだが、町村合併に伴い担当者がそこんとこリセットしたいみたいで、来年からは正規料金をお願いしますとの事だったらしい。ちなみにまともに払うと11万数千円になるらしい。これまでの10倍以上!
まぁこれで来年は草野町でやる発心コンサートは実質無くなるということだ。実際問題として11万円なんて無理です。それが分かって云っているのか担当者! ほんと、草野でやるのは今年で最後なります。
どこが「水と緑の文化都市」ってんだ! 
明日、朝からキューセツさんステージ建て込みが始まり、昼過ぎからスタッフの面々でステージのコンパネ敷いて、テント立てて、そうするうちに公園がコンサート会場へと変化していく。この一連の変化もなかなかおもしろい。
とにかく、来年からの事は全くわからなくなったという事。やるのか止めるのか場所を変えるのか、名前も変えてイチから出直すのか。誰がどういうふうにやるのか。まずはぜ〜んぶ白紙に戻したい気分。

まぁ今年やってみてから考えることにしよう。
2005.8.16
同窓会無事終了。
カラオケだカラオケだって云うからセットしたのに、ほとんど歌わないでやんの。このやろう!だな。しかしまぁ幹事クラスで動き出した頃は20数名集まればいいか?なんて危惧していたにも関わらず、40名集合してそれなりに盛り上がりを見せた。それにしてもよく飲んだぞ。何時に帰ったのか記憶が途切れている・・・アハハだな
でもって、今朝は同級生と早朝ゴルフ久留米CC。40歳過ぎてから初の酔っぱらいゴルフ。9ホール完全酔っぱらい状態でのゴルフはなかなか凄いものがあった。何をしているのか自分でわかっていないのね。やっぱゴルフは素面でやるものだった・・・。
昨日が次女さおりの誕生日だったので、家族みんなで外食することになったのだが、誕生日の人が何食べるか決めていい事になっていて焼き肉となる。大昌園へ行ってみるも50分待ちで撃沈。それではと「古賀」へ行く。しかしここも大満員。店員が客を捌ききれないでいる。席に着けたとしても50分待ちは同じ事かと店を出る。
どこへ行こうかと迷ったあげく、もつ鍋さっちゃんの前に焼き肉屋があったのを思い出す。グッドタイミングでテーブルがひとつ空いていた。
でも空腹と期待が入り交じる6人のお腹を満たしてくれることなく店を後にしたのであります。何を食ってもグルソウバリバリの焼き肉屋でした。
タレもキムチも何から何までグルソウが基本ちゅうかんじでね。

しかし帰りの車の中で長女に云われました。
「人が食べている時に、そうまずいまずいって云わんでね!私はタレは使ってないし全部塩とレモン汁で食べてて結構おいしいと思いながら食べてたのだから」と。素直にすまん!と謝った威厳のないおやじでした。
と、久々のグルソウ事件に遭遇しながら思い出した話ふたつ。
柳川県道沿いにある、チェーンラーメン店で昼飯を食った友人の話ですが、この日のラーメンはいつもと違う・・・。???なんでかなぁ・・・こんなにうまかったかなぁ・・・と思いつつ完食。店を出て数分後グルソウが入ってなかったと分かる。彼はその店そのものの味を食していたのです。とてもおいしかったと云っておりました。しかし入れるの忘れるか?

もう一つは、警察署の近所にある完全無化調醤油ラーメンSでの出来事。
こってり醤油ラーメン(豚骨+出汁+醤油)を頼むと、店の主が「今日は久留米ラーメンにしちゃろか?」と一言。で、食べ比べたかったので2杯出してもらう事にする。ここのスープは数十種類の材料を使ってあり、とても複雑なそしてあっさりとしたものなのだが、グルソウ入りのほうはと云うと、その複雑さを見事消してしまうのです。それも数グラム(小さじ1/3くらい)入れただけでですよ。でもしっかり久留米ラーメンの味になっていました(笑

グルソウを否定はしませんが、隠し味として使うのならまだしも、グルソウ入れりゃよかろうもん!という職人の風下にも置けないような作り方はどうかなと思うのであります。少なくとも客からお金を頂いているわけですから失礼というものです。
2005.8.11
柳川、凄い惜しい試合でしたけど負けてしまいました。なかなかヒョウヒョウとしたピッチャーで、久しぶりにいいとこいくかなと思っていたのですが、県大会に比べると打線がイマイチ、やはり打てんと勝てんです。
阿蘇は乙姫というところに「アリスのシャンピニオン」というペンションがある。10〜11日と家族+三郎くんでお邪魔してきた。ここは15年程前に龍雲のライブでお邪魔してからの付き合いだ。オーナーは元々関東の方なのだが、1985年、脱サラして奥様の地元である熊本でペンションを始められた。もちろんシェフは奥様(ママ)だ。
ペンションというところに数行ったわけではないが、ここのディナーは素晴らしい。地元季節の素材をふんだんに使い、シェフママの手にかかるとあ〜ら不思議、こりゃなんねぇ?・・・と、今まで口にした事がない味と食感!!! 子供達は口を揃え母に云う「家でこんなん作ってよっ!」ははは・・・無理ムリ。そりゃ永遠に無理な注文っちゅうやつや。
で、夕食が終わり一段落付くとオーナー&ママと酒飲みに入る。今回はバーボンと焼酎。教育の話から政治の話、はたまたパチンコの話や昔話まで延々と続いていくのだが、最近みんな歳を重ねすぎたのか、日付が変わるとお開きになる。そりゃそうだ、ペンションに着くやいなやビールを飲み始め、夕食の間中飲み続け、腹はパンパンに超満腹状態。そう長く続くわけもなかろっちゅうもんだ。まぁ今回は詳しくレポートしようと思う。
週末は毎年恒例になった同窓会。毎回参加者減少。どうなる牟田山中!?
2005.8.8
28日から続いた、夏のイベントがバタバタと終わった。これで発心が終われば夏も終わったんだなぁと妙にセンチになったりする。
今年も8月6日が過ぎ、明日は9日。もちろん日本人なら忘れてはならない「広島と長崎」にアメリカ人(連合国)によって原爆が落とされた日だ。人類初の大規模放射能人体実験が行われた忘れる事の出来ない日だ。

現在の日本にはいろんな考え方を持った人が同じ場所で同時に暮らしている。自分の意見を持つ事には何ら問題はないけど、過去の出来事を一つの角度からだけ見て判断するのはどうしたものか?様々な見方をして始めて過去の出来事を正しく判断出来るのではないのか?

アジアに対して「侵略」したから当時の日本帝国は悪いという見方があるが、それでは何故そのような悪行を行ったのか?行う必要があったのか?百歩下がってそれを「悪」と決めるとしても、まず原因を確認してからでも遅くないのではないか。そして日本国民全員同じ認識の下で他国からの時代を超えたクレーム(言いがかり)に対応していくのが主権国家としての本来あるべき姿ではないか。

戦後日本人は自分で考える事を停止させられた。あるひとつの事を正義と教え込まれ、ひたすら自虐的に自国を卑下し続けてきた。その結果が現在の日本の抱える一般的な社会問題だとすれば、何が正しくて何が正しくなかったのか自ずと見えてくることだろう。

利権まみれの政治と官僚。それを取り巻くハイエナのような地元民。
そこからしか票が見えないという幼稚な選挙というシステム。
先生と呼ばれるととたんに主権が入れ替わる日本という国。
だけど子供には道徳や正義を押しつける。
彼ら大人が無くしてしまった「常識」をだ。
子供は全部お見通し。
誰が嘘つきで誰が信用出来るのか。

話は変わって・・・
夏の甲子園、これから柳川高校の試合。がんばれ柳川球児!
2005.8.1
今日から8月。
今年は梅雨入り宣言後、いつものように雨の降らない時期があり、そん時が一番暑かったように思う。その後梅雨〜梅雨明けときたが、さほど暑さは感じられない。もちろん暑いのは暑いのだが、たまらんほどの暑さは今のところない。外に出ていても我慢出来ない暑さでない。
30〜31日とカルキャッチくるめ主催のイベント「くるてん」があった。第6回目だったのだそうだが、TARZANとしては今年始めて参加した。

初日(30日)がエレクトーンカラオケと有馬太鼓、それからメインの「市民オーケストラ」。土曜夜市と相まって凄い人出だったのだが、普段あれくらの賑わいがあれば市街地商店街も今の危機感はなかやろし、六角堂なんて作らなくてもよかったろう。しかし悪の元は地主や権利者と呼ばれる人達であるらしく、知り合いから聞いた情報によれば、一番街リズムレコード跡の賃貸料はなんと100万円なのだそうだ。もし商店街の将来を考えるとすれ、もっと現実的な金額で貸しこれからの一番街を作っていくくらいの志がなければ未来は無い。少なくとも久留米の顔的存在ではあるのだからな。
そんで昨日(31日)は今年のテーマ「カントリーで行こう」と題しブルーグラスやカントリーライブであった。ゲストには熊本から日本のカントリー界の大御所「チャーリー永谷&キャノンボール」を迎え、久留米では初のカントリー大会になった。
カントリーという音楽の性質上、PAが大音量になることはなく(ブルーグラスは基本的に生楽器を使う)お客さんも飲みながら食べながらゆっくりとした気分で満喫されていたように見れた。音を出すほうからしても疲れない音楽ではある。
本番中のハッチャリーズ。