2005.6.26
約一年ぶりの「因幡晃&永井龍雲」
50歳前後のおいちゃんおばちゃん客が若い頃に戻って微笑む姿は、いつ見てもなんとも心地よい。おれもバッチリおいちゃんになったと云うことなのか? 熊本産文は20数年ぶりだったが相変わらずの佇まいで、熊本城の下、繁華街の横、とても便利な立地にある。稼働率もすごいそうだ。熊本市の条例で舞台担当の人はみな市の職員なのだそうだ。珍しい。詳しいことはAboutTheHallにでも書こう。

久留米市中学校おやじの会なるものがある。江南中と牟田山中を除き全てPTAの組織下に置かれている。地域の大人が子供達に出来る事・・・。俺も最低あと2年半これに付き合わねばならぬわけだが、教職員と親を見ていて思う。戦後教育の間違いが指摘される中、社会主義化された彼らの再教育とおやじの会に集う親達を変えていかねば子供の未来は無いのではないか。明治大革命から終戦(アメリカの思惑)までの正しい歴史教育の充実を望む。

今年の発心コンサートの大枠がやっと決まった。個人的には今年は休みでもいいかなぁ・・・と考えていたのだが。
20日を前夜祭として若手に全ての権限を与え、次世代の発心コンサートをイメージしたいと思う。続けていくことは悪いことではないだろう。21日はこれまで通りの発心だ。ただ、むやみやたらと出演者は出ないスッキリスマートなライブを目指す。4時過ぎから始めて9時過ぎには終わる。演奏時間も20分程度で抑えてもらう。20分やって20分休み。・・てなかんじ。

現場帰りにvinoマスターから電話が入る。
サンデーライブで「どど+馬場」やるんで顔出すように、との事。田川から「ロバとジョンさん」というブルースデュオも参加していた。ユニット名も小洒落ているがしかしこれがなかなかよい。しゃべりが絶妙、笑った。ボーカルのロバくんもなかなかのセンス。
馬場くんも大受け。ハープのカンジも入って、いつになく大人の雰囲気を醸し出す。トリオ名も「ダディ馬場ってカンジ」とその場で決まる。ダディはマスターが子供から「ダディ」って呼ばれていた事に由来する。
ダディ馬場ってカンジ最高!

2005.6.15
マイケルジャクソンに無罪判決!なのだそうだ。この件に関してはどうでもいいことなんで何も書く気はしないが、テレビに映るまっ白になってしまったマイケル君を見るにつけ思う。

「君は白人になりたかったの?」
「それは黒人同胞に対する裏切りと否定ではないのかい?」

病的な何か意識のない人形のように見えてしまうのは俺だけ?
でも、自宅を取り囲むファンは熱烈に「無罪」を歓迎しているもんな。白人も黒人もみな一緒に喜んでいた。

ジャクソンファイブからスリラーを出した頃までは、そりゃかっこよかったと思う。

黒じゃだめだったのか?
白がそんなにいいのか?
心の中まで白になれたのか?

アメリカ人が抱える内的病原を見た気がする。
2005.6.13
梅雨入りしたそうだ。でも雨は降らない。雨が降るから梅雨なのか?この時期の気圧配置をそう呼ぶのか?この気圧配置だから雨が降りやすいと云うことなのか?毎年のことだけど気象庁が「梅雨入り宣言」すると必ずと云っていいほど雨のやつは降りたがらない。
気象庁からすると毎年このあたりからあのあたりまで梅雨と決めたいらしい。昨年も実質ドカッと雨が降り梅雨らしい日は10日間くらいなものだったろう。何がなんでも「6月中旬から7月なかば」は「絶対梅雨だもんね」としたい親方指導的気象庁の偉さんがいるのだろうな。

10数年前のこと・・・。
11時北九州に(野外音楽現場)入りという現場があった。前夜しこたま飲んだおれは、就寝前若手に9時出発の指示を出し、2秒で泥のように眠る。当時の寝床は窓が無く朝が来たことが分からないような部屋。で、10時に目が覚め12時に現場へ入り何とか事なきをえたのだけど、時間厳守主義の俺はかなり焦った。それまで福大のバイト君達には「時間だけは大切にせにゃいかんよ。社会に出たら時間第一主義で行け!」な〜んて宣ってたものだから、面目丸つぶれだった。
昨日はそんな俺の中で、最高に強烈な思い出が出来た日だ。
朝9時過ぎに電話が入る。
「丸山さん今どのへんですかぁ?」
「どのへんって、自宅にいるよ」と私。
「えっ?今日9時入りですよ」
「なに?きょう・・・」
確かあなたからの仕事は22日だったはずだけど。
それからバタバタと積み替えして、久留米を10時過ぎに出発。11時前には搬入開始して12時過ぎにはセット完了、かろうじて13時のリハーサルには間に合った。
日程を間違えるなんて前代未聞のことだった。不覚だった。12日と22日を聞き違えたのだ。しかし最初の電話の時「22日ね、平日なのね?」と確認はしたのだが、間が悪い時とはこんなものか。その後乗り込みオペとも打ち合わせをしたにも関わらず、日程の話は一度も話に出てこなかった。やはり間が悪い。というより波長が合わないと云うことか?

2005.6.8
今年の発心を決定出来ないでいる。
というのもあまりにもシステマティックに出来るようになったので、スタッフ顔を揃えて「あ〜だこ〜だ」と話し合わなくてもいいからなのかどうかわからんけど、とにかく本番前の打ち合わせ(と称する飲み事)が全くないのだ。誰からもそういう声かからないし、俺から云う気もないのでダラダラと時間だけが過ぎて行っている。本来なら既に出演者は決まりポスターも完成していて、「さぁ今年もがんばるぞぉ!」となるところだが、全くその気配すらないと来たもんだ。
2005.6.2
気がつけばもう6月。
5ヶ月経過。
おれはいったいこの5ヶ月間何をやってきたのだろうか・・・?
思いを巡らせてもハタと困ってしまう自分がいることに気づく。こうやってこれからあと何年生かされるのか知らぬが、宇宙的に見れば一瞬の余生もあっという間に過ぎていくのかと考えると「俺は何のためにこの世に生を受けたのだ?」と少し後ろ向きの自問の世界に埋没していく。

な〜んてちょっとセンチになったりしてみたりして・・・。

決定〜!「ありやま・じゅんじ」久留米・初ライブ!!!
会場は「ささもり食堂」というところ。位置的には、元「ル・キャフェ」があったところ。奴寿司前。ワシントンホテルから池町川へ向かい、池町川の20m手前の右側であります。

あぁ思えば若かりし頃、勘太郎氏とのデュオ「有勘」で市民会館小ホールで演って以来だから4半世紀ぶりちゅうことになるわけですな。まってましたですありやまどの。気持ちよく遊んで下さい久留米の街を。

10年くらい前に買ってた本を久しぶりに読み返してみる。
「醜い韓国人」というタイトルで、韓国に生まれ育った韓国人が書いた韓国の歴史と民族性を再確認するような内容の本だ。併合初期の韓国の農村の細かい描写は必読だと思うし、日韓併合前の韓国がどんな社会だったか、1930年(昭和3年)代生まれの筆者が体験した統治時代と、親と祖父祖母から聞いた話などで構成されている。
しかしこれを読んで、日本と韓国の共通の歴史認識など遠い夢物語だと再認識してしまった。そして今の韓国との問題がどこに起因しているのか、ぼんやりだが見えたような気がする。