THE FLYING ELEPHANTS
安部米央
木村康治
手島武史
林 徳夫
John Lennon Paul MaCartney Ringo Starr George Harrison

九州は福岡県、そのど真ん中に田川という人口5〜6万人の街がある。以前は石炭で栄え、かの五木寛之の「青春の門」で全国区に押し上げられた街である。

九州以外の人には『井上陽水』の出身地と言った方が分かりやすいかも知れない。東に向かえば『永井龍雲』の出身地「京都郡・豊津町」がある。西は飯塚を抜けて福岡市へ続き、北へ向かえば北九州・・・。そんな街に『エレファンツ』の4人は住んでいる。1990年秋、知り合いが主催するBEATLES関連のライブにゲストで来ていた彼らと初めて会う。主催の「G」氏はどこで情報を仕入れたのか、田川まで出演交渉に行き、ゲストに迎えることとなるのだが、このG氏の行動力がなければ今の関係は無かったと思う。またまた人の出会いってのは不思議なものだとつくづく思う。Gくんありがとう!

で、当日どんなバンドが出ていたのか、ELEPHANTSだけだったのか覚えていないが、リハーサルで「口うるさい女子」※1と「何かと注文つけるおやじ」※2がいろいろ言ってきて、「しぇからしかバンドやねぇ・・・」と思ったのが第一印象!

がしかしだ!
本番が始まるや彼らは豹変したんですね。
それが何かは分からなかったけど、ゾクゾクしてきて鳥肌が立って、「何だ!このおやじたちは?」と興奮しきりの私がいたのです(笑)とにかくボーカル&コーラスが素晴らしかった。
はっきり言って、私ビートルズはよくわからなかったんです。JohnとPaulがどうしたんだ?それよりどっちがどっち?ってなかんじだったんです。
実はそれまでビートルズって、GeorgeのWhile my guitar ・・・・」しか聞いたことが無く(それもEric-Claptonがギター弾いてるってことで)、それすら中学ん時で、遥か昔のこと。あぁそれと「オブラディ・オブラダ」これさっきの曲のA面ね。

しかしこの手のバンドは「感覚的」に理解していたというか、今風の音に仕上げちゃいけないんだってのは分かってたんですね、なんでやろ・・・?
まぁとにかくそんな感じやから「口うるさい女子」や「注文おやじ」をうまく丸め込むことが出来、何となく信頼とまでは行かずとも、そのきっかけ&始まりをGETしたのでありました(笑)
だから本番中終始「ニコニコ顔」の「注文おやじ」がそばについていました。

そのライブ数週間後からElephants専属オペレーターという名前が付けられていたのであります(爆)

が、曲も知らずに専属オペレーターなんて言える訳も無く、CDでも買うかと思っていた所、たまたまカミさんがビートルズのファンだったようで、アルバム全部持ってたんですねぇ。ん〜いい奥様だこと(笑)
で、歌詞カード見ながら秘密の特訓が始まったのでありました。今では完璧なビートルズフリークです。←うそ!

あれから何本くらいライブやったんだろう?
何回くらいオペやったんだろう?

もう14年目かぁ・・・歳とるはずだ。
※1「口うるさ女子」=エッチャン(Now my loveの主人公)
※2「注文おやじ」=中野貢(中野電気2代目、当時33歳→VOLTS RECORD社長→カーネギーホール公演の仕掛人)

で、現在の彼らの行動は?
相変わらずというかマイペースというか・・・木村さんは塾の経営者であり講師をされている。
最近は講演会などにも呼び出されているらしい。
忙しい毎日を送ってらっしゃるそうだ。安部さんはというと
知人が経営する、写真のDPE屋さんの管理責任者として
数店舗を任されているらしくて、これまた超多忙な毎日を送っている。手島さんと林さんは以前と同じく
「酒店経営」(手島氏)裏に秘密の飲み屋あり
「塗装店勤務」(林 氏)依然マイペースな人多分これからも変わらぬ「人柄」というか「バンドカラー」というか「エレファンツらしさ」は永遠に続いて行くだろうと思うファンのみんなもそう願っていることだろう。 


DISCOGRAPHY
Confident11-VOLTS RECORDS/1989.12.25
野貢氏(VOLTS RECORD)の全面協力により完成した自主制作アルバムで、朝倉郡三輪町にあった「淵上レコーディングスタジオ」で録音された。

当時このアルバムに収められているほとんどの曲が、テレビCMで流れていたのは有名な話ですが、みなさんご存知でしたか?

今や幻のアルバムとなってしまったが、持っている人は数少ないはず。
持っている人がこれ見てたら・・・ちょうだい。
CONFIDENT ELEVEN-KING RECORDS/1991.1.21

そのCMがKING RECORDの金丸氏の目にとまり、メジャーレコードデビューが決まる。内容は同じだが1曲だけ差し替えられているものがある。

このCDのおかげで、活動範囲が徐々に広範囲になっていくことになる。

「From Heaven to Yoko」を聞くと、ゾクッとするのはわたしだけ?
個人的に、楽曲の完成度はこのアルバムが一番だと思う。

SECOND FLIGHT-KING RECORDS/1992.6.24
2枚目のアルバムで、これも「淵上」で録音されるが、スタジオが休止中だったため、私(TARZAN)がエンジニアをやりました。
現在Music-City在籍の木崎君がまだ福大の学生で、緊張の中テープオペレータやってくれました。木崎君お疲れさまでした。
(そしてエンジニアだけでなく、1曲目の「The Lady I can't forget」ではギターでも参加していますので心して聞いてください・笑)
このアルバムはメンバー全員結構リラックスしていて、いい雰囲気で録音できたと思います。そこんとこみなさんには伝わっているかな?
※あの頃を思い出すと「あずみうどん」を食いたくなるのは俺だけ?
The Flying Elephants in New York-TOSHIBA EMI1993.6.30

カーネギーホールでの演奏をCDにしたもの。(そのままですね)

MOBILE(移動式スタジオ)が、ホールの路地に横付けされていて、デジタルマルチが回っていたので結構金かかったろうな〜。

何をするにしても「カネ・カネ・カネ!」というのが、実際のカーネギーホールで、その金額の半端じゃないところが、アメリカっぽくて「腹立つやら」「気持ちいいやら」・・・で、中野さんお疲れさまでした。

BRICK ROAD-TOSHIBA-EMI/1994.9.21
行け行けロンドンいやドンドンの頃、3枚目のアルバム。
録音は「プロデューサーとエンジニア」をTOKYOサイドから迎え、NHK福岡のR-2スタジオにおいて行われた。がしかしR-2以外にボーカル録りは東京で、ミックス&数曲はアビーロードでと言うようにいろんな所で作業が行われたアルバムである。
このアルバムがいいと言う人もいるが、周りのスタッフのギクシャクした感じを知っている私にはどうも馴染めない。(楽曲は素晴らしいのだが・・・)
TOMORROW-ABE MUSIC/1997.9.29
現事務所の「EQ 南氏(本職は録音エンジニア)」の協力により、コンピューターを駆使して出来た4枚目のアルバム。
しかしながら、「TOMORROW MUST BE BETTER」はJOHN LENNONの新曲か?と聞き間違えるくらいの素晴らしい作品に仕上がっている。
TOSHIBA-EMIからは離れ、ひさしぶりの自主制作盤です。年(2004年)久々のニューアルバムが期待できそうです。
秘密の部屋